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竹ノ内宮司による禊作法講習(ブログ北面武士より)
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古事記と禊についてお話しをさせていただく
早朝四時半起床。装束を整え集合する。

全員が、かけ声とともに海へ。サーフィンのメッカでもあるという。つい最近も世界大会が行われた場所である。

五年前の病気以来、三月の禊は体への負担も小さくないことから躊躇し続けているが、今回は夏禊ということもあり、気合いをいれて臨んだ。

海中で、祓戸の大神を懸命に唱えた。水平線のさきに高天原があると思った。綺麗な光景だった。 

参加者全員が、清々しい気持ちでいっぱいになったと思う。

宿で朝食をとり、伊雑宮に正式参拝。のちに解散式が行われすべての行事が終了した。

運営に奔走された方々、地元で協力をして下さった方々に感謝。

一路バイクで帰宅。途中、道の駅で仮眠したり、山中湖畔では濃霧で走行がままならない状況になったりしながら帰宅。この往復で約千㎞走行。さすがに疲れたが、それ以上の満足感に包まれている。
昨晩、三重県松阪のネットカフェに入り休憩。早朝、五時からの神宮参拝のため出発。

宇治橋前は、想像以上の人出だった。「朔日(ついたち)参りというものだろう。赤福も限定の朔日餅を販売する日だ。
 
五十鈴川にて手水をとり参拝した。
 
本来は、外宮に参拝してから内宮へお参りするのが正しい参拝であるといわれているが、どうしても先に五十鈴川で祓いたいものがあった。
 
内宮に参拝のち、倭姫宮、外宮を参拝し、志摩へ。
 
定番のコメダ珈琲で朝食をとり、集合場所の伊雑宮へ行くと、はやくも地元の方々が準備を進めて下さっていた。
 
伊雑宮参拝禊会に参加させていただく。

毎年三月の神宮参拝禊会に参加して下さっている大阪の方々が、神宮での禊をより充実したものにとの思いではじめられたものだ。私自身は初参加であるが、今回で三回目の開催になる。
 
参加者全員で昼食をとり、地域の公民館で禊講習会。

講話というほどのものではないが「古事記とみそぎ」についてお話しをさせていただいた。そののち、作法講習を受ける。
 
伊雑宮参拝禊会は海での禊である。国府白浜の海の民宿に入り、夕食会となった。
 
手作りながら豪華な食事を用意、つくっていただいた方々に感謝。地元の方々も、海の幸を提供してくれていた。楽しい時間だった。
 
東京から一気にバイク移動してきた疲れもあり、早々に就寝。
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宇治橋
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神宮徴古館
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志摩・国府白浜
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尊攘義軍顕彰会慰霊行事で祈願詞を奏上
22日に斎行の「尊攘義軍12烈士女73年祭」のレポートが民族革新会議ブログに掲載されました。→ (Click!) 
尊攘義軍顕彰会行事の進行をして頂いた大熊雄二さんによるものです。

   ☆     ☆     ☆     ☆

【昭和20年8月22日 尊攘義軍10烈士・愛宕山にて自決】
【同27日 二夫人が烈士らの自決の処を清めたのち自決】
ー慰霊碑・東京港区 愛宕神社境内ー

一脈の正気留めて日の本の誇りとともに吾は砕けつ
神州の不屈を示す此の正気継ぐ人あらば思ひ残さず(尊攘義軍 飯島興志雄烈士)

愛宕山そよふく風は桜田の誉れ伝へる永久の神風(尊攘義軍 茂呂宣八烈士)

死にませし君のみあとをしたひつつわれもゆくなり大和おみなは
すめ国に生をうけたるおみなわれ女の道を守りて行くなり(茂呂加代子刀自命)

粉のごと砕け散る身は惜しまねど国の行く末ただ思ふなり(尊攘義軍 摺建富士夫烈士)

   ☆     ☆     ☆     ☆

【昭和20年8月23日 明朗会・皇居前広場にて自決】
ー忠魂之碑・東京府中市 大長寺境内ー
一死以て、皇運の無窮を祈念し奉る(明朗会)

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【昭和20年8月25日 大東塾14烈士・代々木練兵場にて自決】
ー慰霊碑・東京渋谷 代々木公園内(自刃之処)ー
清く捧ぐる吾等十四柱の皇魂誓つて無窮に皇城を守らむ(大東塾14烈士)

   ☆     ☆     ☆     ☆

終戦時におけるこの三つの自決を忘れない。

   ☆     ☆     ☆     ☆

御霊に対し真摯に真剣に向き合うことで、その御事績の顕彰は間違いなく出来る。(なかには、本当に御霊がいらしているかと思うような神事もどきもあるが…。)

それでも、先月、副長の寺を訪ねて以来、冥福や供養ということも考えている。

熱が出そうである。
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連載・右翼ノート「いまなにが起きているのか」5を掲載頂いています。
前号から「核とは誰のものなのか」をてーまに書いています。
下記の通り斎行いたします。(尊攘義軍顕彰会)

【日時】平成30年8月22日(水)
    午後5時〜 73年祭
    午後5時半〜 尊攘義軍顕彰会「慰霊行事」

【場所】東京都港区愛宕1丁目5 愛宕神社境内 12烈士女慰霊碑前

祭典終了後、新橋駅近くで直会を予定しております。
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連載「右翼ノート・いまなにが起きているのか」4
ー核とは誰のものなのかー①を掲載頂いています。
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「宮中祭祀を学ぶ」(その2 現行憲法と祭祀)

①皇室祭祀令の規定により天皇の祭祀大権として執行された祭祀が簡略化されていった経緯(ⅰ皇室祭祀令廃止 ⅱ依命通牒という解釈 ⅲ宮内庁関係法令集から「皇室祭祀令」削除)を学ぶ

②宮中三殿と祭祀

③内廷費と掌典職など

現行憲法における政教分離と皇室の祭祀・霊性について討議
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連載原稿「右翼ノート・いまなにがおきているのか」を掲載頂いている。
今回で、天皇陛下沖縄行幸御奉迎レポートを終了。

次回は「核は誰のものか」ー米朝首脳会談を受けてーを予定してる。

また、楠公祭で奏上した「祈願詞」も掲載頂いた。

   ☆     ☆     ☆     ☆

この運動に入るきっかけとなった野村秋介先生のお写真が表紙を飾る誌面に、署名の連載原稿を掲載していただけるようになったことは感慨深い。機会を頂いたことに深く感謝している。

   ☆     ☆     ☆     ☆

なにを、誰に向けて書くか。

数年前、商業誌にペンネームではあるが連載をさせて頂いていたことがある。

それはある種、特異な読者層を持つ雑誌であったが、明確な対象に対して「なにをどう感じてもらうか」と、考えながら書くことを課題としたことは良い経験になった。

そしてなにより、自分の原稿に校正・校閲が入るという緊張感は、なにものにも代えがたい財産となった。

「話す」「書く」「行動する」
運動家にとって、この三つをすべて上手くこなせればと思うが、凡人にはなかなかそうもいかない。

自己満足に陥らず、分を弁えながら、一番好きな「書く」ことに精進しようと思う。
5月25日 赤坂・乃木神社にて「楠公祭」(祭主・犬塚博英先生)が斎行され、祈願詞を奏上させていただきました。

人それぞれに渾身の悩みあり。それでも、守り伝えなければならないものはある。

私が楠公祭に関わらせていただく「覚悟」を「祈願詞」の一部から…

楠公祭を厳修されてこられた中村武彦先生とその同志、尊攘義軍烈士らもまた尊皇絶対であるがゆえの行動が、はからずも違勅となりしときに 天皇陛下萬歳の雄叫びとともに自決した姿は、大楠公が湊川に斃れしことに呼応するものであったと確信します。

この昭和20年8月22日の自決の3ヶ月前、世田谷・松陰神社で斎行された楠公祭について中村先生は「これが我々の最後の楠公祭であり、我々の湊川出陣の時機はせまっていると覚悟する、まことに悲壮感に満ちて厳粛を極めた」と回想されています。

本日、その楠公祭から70回目という節目の時を迎えました。また平成の御代における最後の御祭に臨むにあたり、あらためて中村武彦・尊攘同志会の同志らが必死懸命に大楠公に祈り、聖運を開かんと誓願したその思いを我がものとして、進むことを誓願いたします。

※楠公祭は、毎年5月25日、乃木神社の皆様にご奉仕をいただいて斎行されています。
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一部加工しています
討論会レポートはあらためて発表します。

上海は魅力的な街だった。寧波では蒋介石の出生地などを巡った。

中村武彦宣先生は『維新は幻か』のなかで、

「私が片岡(駿)、奥戸(足百)両氏とともに、天野(辰夫)先生から与えられたある任務を帯びて上海へ渡ったのは昭和15年3月から5月にかけての時期で、ちょうど汪兆銘の新国民政府が南京へ遷都した前後の中支の情況をつぶさに見ることができた」としるす。

魔都とも呼ばれた旧租界に立ち、往事に思いをはせると、なにか血が滾る思いがした。

訪中にあたり、ご支援頂いた皆様に感謝申し上げます。