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年を取ってしまうと、様々なものごとの出入りのバランスの崩れは、それをとりもどすために多くの時間を費やさなければならなくなる。

お金の収支は、はるか昔から破綻しているのでもうどうしようもないが、せっかく維持し続けてきた体重管理が崩れはじめている。「バイクに乗り出して、まったく歩かなくなった」と言い訳し、ウォーキングを再開しようにも「先般の勤労奉仕以来、膝が痛くてままならない…」と言い訳している。

歩ける分だけ、歩けばいい話なのだが…。

書くことも、自分の努力と知識量のバランス以上のものは表現できない。取り入れたものが枯渇すると、どうでもいいことばかりを書き連ねて、経験だけでお茶をにごしてしまうことになる。

最近、Netflixにはまってしまっている。タブレットで映画を見続けていると、いつしか老眼が進んでしまっていた。悪循環は、本を読むことに支障をきたすまでになった。自分の手の長さでは、本と目の距離を調整出来なくなった。本を読まねば、またなにかが枯渇していく。

そんな負のスパイラルに陥りかけているとき『燃えよ祖国』に、続けて書く機会をいただいた。『大悲ジャーナル』からかぞえれば、25年の読者である。

「右翼ノート・今なにが起きているか」とたいそうなタイトルをつけてしまったが、全うしたいと思う。第一回は天皇陛下沖縄行幸、御奉迎の記(上)。

ご褒美に、ちょっと良い老眼鏡を買おう! タブレットを置いて本屋に行こう!
といいつつ、電子書籍をポチっているマヌケな私…。

そうそう、先日の226殉国烈士慰霊祭で奉読した「誓願」も掲載していただいている。
本になって、改めて読んでみるとなかなかの出来である、と自画自賛な私…。

是非、ご一読を!
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東京都が行った「迷惑防止条例」の改正の問題点、危険性についてのコメントを掲載戴きました。

条例についてのリンクを貼っておきます (Click!) 

暴排条例のように、東京をはじめとして多くの自治体がこれに追従することを危惧しています。
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特集「明治維新150周年」に

「悲願の継承者として」ー死にかわり生きかわりつつもろともにー

というタイトルで、歌人・佐久良東雄のことを書かせて頂きました。
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陽春の候、皆様におかれましては、日々邦家の御為にご尽力のこと敬服いたします。

さて、本年も「憲法を考える青年集会」を開催させていただくはこびとなりました。

現政権の目指す憲法改正は、これまで解釈で解決してきた国防問題を矛盾の上塗りという形で解決しようとしています。

また来年の御代がわりに関わる諸行事は、国の大本に関わるものでありながら、現行憲法に則るかたちでしか、政教の問題をクリアする手立てがありません。

政治状況はもとより、国体に関するさまざまなことがらに対しても現行の憲法は対応の限界に達してしまっていると考えます。
 
現行憲法改正か、自主憲法か、帝国憲法復元改正か…。
 
それぞれの立場から、民族派としての憲法観をご主張いただければと考えます。
 
皆様にはなにかとご繁忙の時とは存じますが、神州男児の気概を示すべく、下記の通りご参集いただき、また、演説会へのご登壇をいただければ幸いに存じます。
    
平成三十年四月吉日
     
     憲法を考える青年集会 実行委員会   代表 横山孝平


【第1部・デモ行進】
【日 時】5 月3 日(木) 12 時30 分 集会開始
             13 時~   デモ行進

【集合場所】新宿区花園西公園(新宿区新宿1丁目32)
    (最寄り駅)丸ノ内線・新宿御苑前駅、新宿三丁目駅※駐車施設がございませんので、公共交通機関をご利用下さい。)
【解散地点】代々木2丁目あおい公園(渋谷区代々木2丁目13-3)

【第2部・演説会】
デモ行進解散後、新宿駅西口に場所を移し開催いたします。
         
      主催・憲法を考える青年集会実行委員会
                     実行委員 志村 馨
                          小沢直人
3月27日〜29日、天皇陛下沖縄行幸にあたり、現地での御奉迎をさせて頂いた。
今回の沖縄行きに関して、お心遣いを頂いた方々に、あらためてお礼を申し上げたい。

今回も貴重な経験、忘れられない思い出が出来た。

沖縄県神社庁主催の奉迎提灯行列では、中村先生から学ばせていただいた御召艦「榛名」と昭和天皇の闇夜の答礼のことを考えながら行進し、その後にあった現実に震えが止まらない感動を得た。

御宿泊のハーバービューホテルや南部戦跡では、大野宮司や下地さんとともに過ごした時間のことなど、さまざまな思い出が去来した。

下地さんがまだいらしたら、今回の故郷与那国への行幸をさぞかし喜ばれたことだろう。

いろいろな思い出と共に沖縄があり、考えなければならない現実があり、未来を見据えた取り組みが求められる。

今回のことは、あらためてきちんと文章にして発表したい。
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戦歿者墓苑にて
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奥武山公園にて
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喜屋武岬にて
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写真・北面武士https://blog.goo.ne.jp/hokumennobushi2014より
神宮参拝禊会は、それまで「起ちあがる青年神道人の会」が昭和の時代に行っていた禊(神宮内宮流れる五十鈴川にて)を継承するかたちで、平成15年に再興されている。

再興時の世話人は、
■大野康孝代表世話人(本渡諏訪神社宮司)
■南 英雄世話人(伊勢)
■犬塚博英世話人(東京)
■松本良介世話人(大阪)
■中村武彦先生が見届け下さる。

①【平成15年(再興第1回)】4月19日〜20日開催(神宮会館)

②【平成16年】3月6日〜7日開催(神宮会館)
初参加。
はじめてのみそぎは、とても大きな感動を覚えた。みぞれまじりで、ふんどしも凍る寒さであったが、みそぎのあとには本当に生まれ変わった気がした。新しい血が体内を駆け巡るのを実感した。
それでも、中村武彦先生のご講話で「自己一身のみそぎでなく、国のみそぎを」と教えられ、思い上がりを恥じいった。すぐさま五十鈴川に飛び込んで、頭を冷やさなければ、と思ったことを覚えている。

    ◆みそぎして後の心にくらぶれば昔は我を知らでありけり◆(2-1)

③【平成17年】5月14日〜15日の開催(神宮会館)
前年末に、中村武彦先生が御病気のため入院。私は、この年の2月26日の事件で拘束されていた関係で、参加が叶わなかった。

それでも、7月に伊勢に滞在されていた大野宮司を訪ねた際、ふたりで五十鈴川にてみそぎをさせていただいたことは、とても良い思い出である。

※9月30日、中村武彦先生ご逝去

    ◆みそぎして祓へば清し神ながら神代ながらの神の身となる◆(2-2)

④【平成18年】4月22〜23日開催(神宮会館)
雨天のなか

⑤【平成19年】4月21日〜22日開催(修養団 伊勢青少年研修センター)
雨天

⑥【平成20年】3月23〜24日開催(神宮会館)
豪雨 正式参拝時には快晴となる 佐久間副長参加
    
    ◆遠つ神固め修めし大八洲天地共にとはに榮む◆(2)

⑦【平成21年】3月21日〜22日開催(神宮会館)
小島貴之君参加

⑧【平成22年】3月27日〜28日開催(神宮会館)
大野宮司不参

⑨【平成23年】3月19日〜20日開催(神宮会館)
直前の11日に「東日本大震災」が発生。ボランティア、物資輸送を優先する。
東京からは、犬塚世話人と代表者1名が参加。

⑩【平成24年】3月17日〜18日開催(神宮会館)
大野宮司が体調を崩され入院されたため、蔵満順一君が道彦をつとめる。
みそぎ中、近くにいた南世話人が「大野頑張れ」と懸命に祈念されていたの印象的だった。

⑪【平成25年】3月16日〜17日開催(神宮会館)

⑫【平成26年】3月8日〜9日開催(神宮会館)
前年10月に、心臓血管に病気を発症。禊行を見学となる。

⑬【平成27年】3月8日〜9日開催(神宮会館)
大野宮司、ご子息の康典氏と参加

    ◆天津神国津神たちみそなはせ思ひたけびて我が為す業を◆(3)

⑭【平成28年】3月12日〜13日開催
大野宮司入院のため不参加

講習会中、天皇陛下フィリピン行幸の御奉迎のことを報告する。

4月14日 熊本地震発生
支援に入った佐久間副長と大塚本部長が入院中の大野宮司を見舞う
「日本人一人一人が、神に真っ直ぐな心を持ち、禊を行えば、清々しい爽やかな風が吹く。あぁ、日本は素晴らしいな…」彼らが最後に聞いた大野宮司の言葉である。

5月2日 大野康孝宮司逝去

    ◆朝夕に神の御前にみそぎしてすめらが御代に仕へまつらむ◆(1)

⑮【平成29年】3月11日〜12日開催
この年から、神宮参拝禊会に「中村武彦先生・大野康孝宮司遺訓継承」という大使命が掲げられた。
■犬塚博英最高顧問 ■南 英雄代表世話人となる

胆嚢摘出手術を控えていたため欠席。

⑯【平成30年】3月10日〜11日開催 
昨年は、体調不良と入院で参加を断念したこともあって、今年の参加を楽しみにしていた。心臓の病気をして以来、実際にみそぎを行うことは断念せざるをえない。しかしなにか自分自身のみそぎになることはないかと考えいた時に、参加当初、伊勢まで徒歩参拝を計画した時の資料があることを思い出した。

本年は、その道なりに東海道から伊勢へバイクで向かう。雨、強風、低気温と、なかなかきびしい禊となった。道すがら富士の雄大さにあらためて感動する。

すべての行事を終えた直会の席での、南代表世話人のスピーチが感動的だった。
その内容を、別の修行で欠席だった大塚本部長に電話で話すと、彼の嗚咽はなかなかおさまらなかった。

    ◆みそぎして帰る心を人問わば朝日に光る富士の神山◆(2-3)
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謹みて 二・二六事件殉国烈士の御霊の御前に誓願いたします。
 
昭和十一年二月二十六日早暁の義挙から、本日で八十二年の歳月を算えることとなりました。
 
合わせて本年は王政復古の大号令が渙発されてから、一五〇年という節目の年を迎えております。
 
先人がなしえた明治維新。その「天皇親政」の御代が、君側の奸たちによってその姿を変えようとするときに、大西郷は第二維新の道を模索し、殉国烈士ら昭和の先人達は、まさにその精神を継ぎ「昭和維新」のために、果敢な戦いを幾度も挑まれました。 
 
ひるがえって現代は、飽食の時代でありながらも、国民精神は烈士らの時代を倍にするかのごとく弛緩し、金銭的価値観のみに一喜一憂する者で溢れています。
 
財閥にとって代わる、国際金融資本、自由主義経済の奴隷である、一部の富める者だけが富み、貧するものは永遠に貧する図式があきらかになっています。長い年月を経て、人心の荒廃はますます猖獗を極めています。そして富める者も、貧するものもともに、個人の価値観にのみ生きる有様です。
 
烈士達の蹶起は、個人の価値観を度外視し、武人として疲弊する祖国を救い、困窮する民を救うための義挙でした。その厳然たる事実の前に、私たちもまた、精神のみそぎを行い、本来かえるべき祖国日本の姿を、明確に自覚し、これを堂々と示さなければならないと強く思います。
 
三島由紀夫氏は、『英霊の聲』において、兄神を野中四郎烈士、弟神を特攻隊員であった野中五郎大人命として、物語をすすめました。野中烈士らによる大きな思想的影響のなかで三島氏は、武人と憲法に精神と肉体を同一化させ自刃されました。 
 
現在、その憲法改正論議は、軍人のその尊厳、すなわち皇軍の武人であることを前提とするのではなく、安全保障を外国に委ねるための軍隊を正当化するためだけに矮小化されたものとなっています。そして反対派は、平和が自然にどこからか降ってくるような、脳天気な有様です。
 
かかる状況のなかで、私たちはいまいちど、建武の中興、明治維新、そして殉国烈士ら昭和維新運動に挺身された先人に学び、実践しなければならないと思いを強くいたします。
 
烈士らを裁いたものが、有史に残る暗黒裁判であったことは厳然たる事実です。それでも、その至純は権力者の横暴でも消し去ることはできず、いまの私たちのなかに生きています。
 
昭和天皇が発せられた、御憤りの言の葉は、果たして蹶起された方々に向けられたものであったのか。それを解釈することは、不敬の極みであるかもしれません。けれども軍の重鎮達が青年将校の至純を理解できず、自己の保身のために皇軍を利用し続けたことに対するものであったとは、考えられないかと思索しています。
 
先に刊行された『昭和天皇実録』巻二三、昭和十一年七月十二日の頁には、烈士らの処刑を侍従武官からお聞きになった先帝陛下が、思し召しにて特に運動もされず、終日奥にてお過ごしになられたと記されています。
 
また同十四日には、夜、盂蘭盆につき当直の侍従武官の奉仕により、御所に提灯を提げ、皇后陛下とご覧になると記されています。別の文献では、その数は、処刑された烈士の数と同じであったとも言われています。
 
先帝陛下御自身が、すべてをしろしめし、供養の盆提灯をささげ下さったのではないでしょうか。
 
軍上層部の「天聴に達せり」のウソは、陛下の御心、思し召しによって。本当のものになったのです。
 
この厳然たる事実に、深い感動を覚えずにはおれません。
 
すべてをしろしめす天皇陛下。その御前に、我々の維新運動は正鵠をえているのか。
 
いままさに私たちはこれを自問自答しながら、この慰霊祭を守り伝えてきた大塚和平先生、中村武彦
先生の御霊、また慰霊の会の先輩、同志同友とともに、烈士らの悲願の道に連なることをお誓い申し上げます。

平成三十年二月二十六日
我狂か愚か知らず、一路遂に奔騰するのみ
御代がわりに関する諸行事について、政府が様々な検討を進めている。

先般も、「剣璽等継承の儀」にたいする、法的扱いなどが取りざたされていた。

それでは、剣璽に付属する「等」とはなにか。

これは「剣璽渡御」という霊的なことを、政教問題で曖昧にするレトリックなのである。

はたして、現代においてはこれを甘んじて受け入れなければならないのか。

現行憲法とは、かくも巧妙に作られたのか。

そんな検討から、単純に記紀における「神器」のひとつひとつを、正確に理解し人に伝えられているか。

など、自分たちが、意見を整理する意味で「三種の神器」をとりあげ、次回から「祭祀」のことを学んでいく。


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事前登録が必要です。下記実施要項をお読みの上、
kuninoko@gmail.com(横山)まで、お問い合わせ下さい。

これまで神宮参拝禊会を「道彦」として導いて下さった、故・大野康孝宮司は、
「ただ自己の罪穢れの祓除のみならず、神ながらなる皇民吾れの確固たる青年維新者として自我を確立し、かくしていかなるものにも穢されぬ揺るぎなき断々固たる神武の剣魂を奉戴し、維新の大道に生死するため、禊をつうじて常若の祈り、中今のつとめを果たす」と申されました。

これは、中村武彦先生が私たちにお示し下さった、
「自己一身の罪穢れを祓い清めるだけではなく、国の禊ぎ̶維新を実現する為の青年のみそぎである」
という神宮参拝禊会の大願目を具現化されたものです。

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昨年の皇室会議における、赤松広隆の不敬不遜な発言に対し、抗議の第一弾として1月7日に下記の文書を送付しました。

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