橿原神宮〜神武天皇陵参拝

ホテルの窓から畝傍山が綺麗に見えていた。
今日から、「悠久の天皇陵」を訪ねる。

ひとつの懸念は、「考古学」という学問が「絶対の信仰」にどのような影響を及ぼすのか。また及ぼされるのか。

津田左右吉博士は、
「朝廷において皇室の由来を語る神代の物語がつくられたが、それには、皇祖が太陽としての日の神とせられ、天上にあるものとせられたのであるから、皇孫がこの国に降ることが語られねばならず、そうしてその降られた土地がヒムカとせられたために、それと現に皇都のあるヤマトとを結びつける必要が生じたので、そこでこの東征物語が作られたのである」

つくられたものが、歴史的事実ではない。
しかし、事実と信仰の史実にはふたつの理解があって当然であり、それらがバランス感覚を持つことによって、ある種の異常さを排除できるのだと思う。

大陸から渡ってきた「鉄」は、九州から瀬戸内を通って大和へ流れていったことは学問的に明らかな事実である。(東征の時代考証についての差違と事実)

その考古学によって、陵墓についても時代状況などいろいろなことが明らかになってきている。

絶対の信仰と学者との対話。

津田博士の『建国の事情と万世一系の思想』は、昭和15年に政府によって発禁処分にされている。
大東亜戦争へと向かう時に、危険な書とされたものに、不都合を感じる人々がいたと同時に、ある意味の真理も存在するのだろう。

学問で明らかになった事実を真摯に受け止めながら、私の信仰の絶対性を確認するつもりである。
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