北陸から淀川を超えたはじめての天皇が継体天皇である。

これを、水運を掌握していたとして、朝鮮までその勢力を持ったと書くのは『継体天皇と朝鮮半島の謎』(水谷千秋・文春新書)である。これも興味深い論である。

その後、大和に入るまでの20年間を、対立・抗争の時代とし、のちに大和の勢力を圧倒して皇位を継承するとともに、手白髪(香)皇女を皇后として地位を確立したという説は、『日本書紀』の応神天皇5世というものも含めて潤色だとする論である。

これを簡単に否定してしまうことは容易いのかもしれないが、信仰にとっての堕落でもあるような気がしてならない。

例えば「進化論」の論争のなかで象徴的なもののなかに、
①神がこの世を創造したことは誰も証明できない。
②猿から進化した人を誰も知らない。
という対立がある。

この両論は、どちらも正しい。

進化論が、学問的に解決が可能なのことなのかはわからないけれども、神話を真実とした強固な信念と、時間とランダムな変化が続くことで成立する進化論は永遠に対立するのだろう。

今回の天皇陵を巡る旅も、表向きの結論は「神話と考古学の対立」を眼前に突きつけられたというものだ。

帰京後しばらく、いやいまも揺らいではいる。

それでも、ユダヤ教(旧約聖書+タルムード)=絶対神の信仰というものを考えながら、プライドなどではなく、両面の事柄に真摯に向き合いながら、自分自身の選択をするべきであると思う。

その大前提として、幸い私には「記・紀」を通した「神々の御事績」を素直に信じているという、大安心がある。

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それでは、良いお年をお迎えください。
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