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高中正義 40周年記念最終章DVD
しばらくyou tubeで細切れの映像を観ていたが、ふとした縁でドラムの村上ポンタ秀一さんを身近に感じることがあって、思い切ってDVDを購入した。

演奏が上手なのは当たり前だけれど、オッサンたちのその存在感や振る舞いが格好良すぎるね。
最近のヘビーローテーション。
 
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格別の高配か、最大の試練か…。機会を与えられて先月末から5日間、熊本・天草へ取材に出掛けた。この詳細は別にするが、なんとか全うしたいと思っている。これは私にとっての最大のチャンスでもある。

熊本では九州本部長やTさん「神宮参拝禊会」で縁を頂いた方々との再会を喜び、またいろいろとお世話になった。

海の幸に舌鼓をうち、お馬さんのあらゆる部位を堪能し、もちろん辛子蓮根やひと文字グルグルも…。定宿の某神社斎館では朝まで語り合った。

充実した楽しい時間だった。
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青年思想研究会 緒方議長
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天草の鯛ですたい!
日頃からお世話になる青年思想研究会の「先憂を偲ぶ会」(東京・日本青年館)に出席。

「先憂」という言葉を音で聞いたときに、私はすぐ「戦友」を思い浮かべた。

そして、青年思想研究会をリードした著名な先人はもとより、無名のまま志半ばで生を終えた戦友にも思いをはせる。

こんな素晴らしい会が毎年行われている。年に1度は、かならず「先憂」「戦友」を思い出す。

人は二度死ぬという。一度はうつし身の死、そしてもうひとつの死は、人々からその人の記憶が語られなく時であるという。(出典を探してみたが時間がかかりそう)

以前、この会では「死友に背かず」という言葉も聞いた。

死友に背かず生きれば、記憶から友が消えることもなく、この思想が続けば死後の自分もまた寂しくないのかもしれない。

死んだことがないのでわからないけれど、これは「あるべき生き方への示唆」だ。

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終了後は、副長とT会長とともに麻布で軽食(ビールとチャーシューとタンメンとチャーハン…)。

帰宅後は、昨日送って頂いた新米で、これまた天草から送って頂いた鯛を食す。
鯛飯、アラ汁、刺身、焼き、と料理屋で食べたら幾らするだろうかというような贅沢な食卓。

たなつもの もものきぐさもあまてらす ひのおおかみの めぐみえてこそ

いろいろなものに感謝した一日。
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アラファト&女ナチス
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あっ! この人は身内です…
活動記録(國の子演説会)を更新。
新宿駅東口。人生いろいろです。
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いつも微笑みを絶やさず、演説会を見守ってくれる女神
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同期の桜
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お父さん! もう行くわよ!
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貴田誠会長
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祝辞を述べられる山口申先生
日本誠龍社 貴田誠会長の還暦祝に発起人の一人として出席。
心温まるお祝いの席だった。

貴田会長は、私よりひとまわり上の辰年。

あと12年で私も還暦か…。

東京に出て来てあっという間の30年。その半分以下の年月だ。
果たして生きて、そして娑婆でその日を迎えることが出来るのだろうか…。
(あっ、成人病とか、そういった類の心配です。誤解無きよう)
「ペンは剣よりも強し」という言葉があるが、私はいまだペンよりも暴力を信じている。ただ、短絡的な暴力に陥らないために書くだけだ。

また、暴力を知らないペンの力は危うい。

そんな視点から『週刊朝日』における佐野眞一の連載中止のことを考えている。

伝えなければならない真実や、闇に隠蔽されそうな事実を暴くのは、ジャーナリズムの使命である。

その使命感をはき違えたジャーナリストの横柄さが、暴力を知らないペンの力が危ういという私の根拠だ。

だが、時に辟易とさせられる言動が、闇を切り開いてきたことも一面の事実ではある。

今回は、電車の中吊りに掲げられた「あまりに穏当でないタイトル」に、一瞬、大丈夫かよ? と思った。

でも、佐野眞一だからな、という期待感もあった。

まず一読して思ったのは、佐野眞一は被差別部落に関して特別な、極言すれば差別的な思考が存在しているのだろうなということだ。

前著『あんぽん』は、週刊ポスト連載時から話題になっていたが、これは孫正義の立身出世伝だ。被差別部落(場所も特定されている)出身の男の物語。そこには、血脈としての孫の父親のことも詳しく触れられている。

一方、今回の『ハシシタ』もまた、立身出世した男の物語ではあるが、前著とは対照的に、現在のその存在を否定する根拠として、被差別部落と肉親が描かれている。人格に問題があるのは、被差別部落出身のDNAによる先天的な問題だという誘導である。

橋下氏が、権力の座において行おうとする様々な事柄は危ういのは事実だ。

しかし氏を批判するのであれば、その視点は政策であり独裁であるべきでだ。

そこに出自が加わったのは、佐野氏の取材力を信じ切った朝日の怠慢であり、見識のなさなのだろう。

ファシズムにかえてハシズムなどといわれているが、その批判を純血や血統優位で行ってはナチズムとなにも変わらない。

今回、『週刊朝日』は、この件にあっさりと謝罪し、連載を中止した。

これは大衆迎合週刊誌の売らんがための軽挙でしか無かったことを物語っているが、この『朝日』が行ってきた世論誘導や、また母体の新聞記者が起こしてきた事件は、ジャーナリズムの根幹をゆるがすものばかりである。

沖縄珊瑚礁事件、皇太子殿下皇籍離脱のデマ、拉致被害者地村さんオフレコ公表、風の会揶揄…。

風の会の時はもちろん政党選挙の時。そして今回もまた、橋下が「日本維新の会」旗揚げから国政へという時である。

歴史に学ばないのか、はたまたその教訓で行っているのか、20年を経てまた、ごく一部を陥れて大衆を誘導する姿勢がみえみえである。

これこそが、「一億玉砕」を掲げた大新聞が、「一億総謝罪」へと恥ずかしげもなく転向した、まさに『朝日』のDNA、血脈だろ! なんて皮肉をいいながら批判したくなる話である。

という感じで構想した原稿を11月1日発行の『月刊JINKEN』に書きます。
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民族革新会議/明日を考える青空議会の幟も登場
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東口スクエアのイベントでのダブルマリリン
ハンドマイクで演説会をしていた頃は、東口スクエアでイベントがあると演説の声がかき消されてしまっていた。いまは、副長のがんばりで最高の音響になっているので、ちょっとやそっとのイベントには負けない音が出ている。

今日は、マリリン・モンロー風お姉さんが登場して歌を歌っていた。なかなか上手だった。

この東口スクエアで、アルタビジョンと連携しながら民族派大演説会を開催するのが夢だ。