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マスコミに叩かれちゃうかな?
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副長からは追い込め! と…
月次の神社参拝を終えて、調べ物のために国会図書館へ。
昼食はいつも、本館6階の食堂で定番のカツカレーなのだが…。

今日はいろいろあって別の所へ。某所本館2階のレストランで、あの人が食べてマスコミに叩かれていた「カツカレー」を食す。

ホテルで食えば、それなりの値段はするのは当たり前。目くじらたてることも無いと思うけど…。

美味かったけれど、私には某編集長や、某理事長が作ってくれるスパイスとパンチの効いたカレーの方があっているな。それと、靖国神社茶店の黄色いカレーも好きだ。

まぁ、それなりに品のある場所で、美味しいものを食べ、美味しい珈琲を飲むのは、情操に良い。向かい側に美人がすわれば、なお良い!

☆     ☆     ☆     ☆

昨日朝、九段で久しぶりにあの大型トラックを発見。

副長に電話をかけたら「すぐに止めて検問を実施せよ!」だって。

聞こえなかったふりをしたのは言うまでもない。いろいろ面倒くさいことがあるからさ〜。

☆     ☆     ☆     ☆

最近は、小説ばかり読んでいる。

『憂国始末』(藤野眞功・新潮社)10/30発売が面白かった。

参考文献がイカしている。
35冊上げられているなかの最初の10冊くらいまでには、
大東塾・影山正治・大原康男・葦津珍彦・保田與重郎(掲載順)の著書が並ぶ。

興味を持たれた方は、読んでみて損はないと思う。

☆     ☆      ☆      ☆

暗号  函館(移) 平成26年6月29日(満)
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明治神宮は七五三参りの人たちで賑わう
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大東塾14烈士自刃の処
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坂を下った先に見える代々木八幡の森 その向こう側に福泉寺がある
11月2日 山口二矢烈士祥月命日墓前法要に参列ののち永田町まで歩く(1時間)
11月3日 明治神宮参拝〜代々木公園内・大東塾14烈士自刃の処参拝〜京王線幡ヶ谷駅(3時間)

14烈士自刃の処へは、いつも富ヶ谷側から入るが、今日は明治神宮参拝後だったので原宿側から代々木公園に入った。途中なんども同じ所を歩いているんじゃないかと錯覚する。なぜか、ちょっと前に見かけたジョギングをしている人たちと何度もすれ違う。やっぱりおかしい。時計を見ると25分も歩いている。すると公園に入ってすぐにみかけた出店の前に出た。錯覚ではない、完全に方向感覚を失っていたのだ。妙な気分だった。

自刃の碑に参拝し、持参した『14烈士自刃記録』にある検死現場の写真などと現在を見比べる。

自刃現場は、旧軍代々木練兵場から占領中に米国軍将校住宅となった後に返還され、東京オリンピック選手村を経て、現在は都立の代々木公園となっている。

ワシントンハイツといわれる米軍将校住宅であったとき、この自刃の地は芝生の公園だったという。軍人の子供たちが、ここを走り廻っていたのか…。なんとも悔しい思いでいっぱいになる。

昭和20年8月28日から、占領軍は代々木練兵場への日本人の立入を禁止する。その直前、近隣町会会長ら有志は、自刃現場に入り鮮血のにじむ土を採取。代々木八幡に隣接する福泉寺に納めて、毎年8月25日に法要を営んでいた。このことは、しばらくの間、大東塾も知らなかったという。14烈士の崇高な精神が、まわりの人々に伝播したその証左であった。現在その土は、自刃の碑に奉埋されている。

追体験などとはおこがましいが、これまで何度か、当時京王線幡ヶ谷駅そば(渋谷区西原)にあった大東塾跡から、この自刃現場まで歩いている。14烈士最期の道行きである。都心とはいえ、けっこうな起伏のある道のりだ。その道のりを、今日は逆から歩いた。道行きのなかで、唯一変わらないのではないかと思われるのが、写真にある坂を下った先にある代々木八幡の森。14烈士はこの森を左側から抜けて、代々木練兵場に入っていった。

こんな調子で、ひとつ原稿を書いている。進捗状況報告をかねて…。
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公式ページから拝借
映画『アウトレイジビヨンド』(監督・北野武)を観た。
前作『アウトレイジ』は、ケーブルテレビでくり返し放送されていたので、なんども観ていた。

その昔「義理と人情を秤にかけりゃ、義理が重たい男の世界」なんて歌があった。ヤクザの生き様を象徴するものだった。

『仁義なき…』と謳った映画にも、義理人情は描かれていた。

ところがこの映画は、義理や人情なんてものはそっちのけである。盃の関係にある男たちの間柄ではタブーである親殺し、子殺し、裏切り、残虐さを競うような殺しの連続には唖然とさせられる。

ふと思う。

これはヤクザの世界以上に、一般社会で現実に起きていることなのである。そんな暗喩がこめられているのかどうかはわからないが、背筋の寒くなる思いを何度もした。

暴排条例や改正暴対法が直接的に影響して、実話系雑誌などが廃刊やリニューアルに追い込まれるなか、このような映画が作られ全国公開されるとは、どういうことなのだろうか。

そこに昔ながらの格好いいヤクザが描かれていないから良いのか、フィクションだから許されるのか。しかし、予告編では『任侠ヘルパー』なるものも紹介されてもいた。

なんとも不可解な気分にさせられながらも、映画自体をとても面白く鑑賞し、最後のシーンにスカッとしてしまった自分は、やはり現代の乾いた人間なのだろうか。

いや、最後のシーンこそが「仁義」を表象するものだったのだろうか。

私は義理人情の世界が好きだ。

そしていまよく思うことは、義理人情の対極にある裏切りや無礼には「斬り捨て御免」の許される世が復活するだ。

もしかすると、この映画は、それを言わんとしているのか。

真っ先に、斬り捨てられるのは自分かも知れないが…。

※appleのハードディスク交換プログラムの対象機種だったため、パソコンをメーカーに預けていた関係で、いただいたメールを確認及び返信できずにおりました。失礼いたしました。
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大日本帝国憲法発布式
毎月1回、憲法勉強会を行っている。
今回は、大日本帝国憲法の「告文」と「発布勅語」を読み合わせ学習した。

久しぶりに、というと同人に失礼だが、かなり予習をして臨んだ。
なんせ書かれていることの意味はもとより、読めない漢字ばかりである。

散々調べてもわからなかったものは、勉強会のはじまる前に四宮正貴先生に「ここは何と読めば良いでしょう」と教えて頂く始末。

しかし何度も読み返すたびに、日本人であることの喜びと感激を深くする、格調高いものである。

時々に、大祓詞とともに大東亜戦争開戦や終戦における大詔を声に出して読んでいる。勇気を鼓舞し、任重く道遠し、と決意を固くしたり。そして今回学んだ憲法発布の勅語もそうさせて頂きたいと強く思った。

いま戦後憲法に対する議論が喧しい。たしかに強制された憲法の矛盾は、現代社会の澱となって至るところで噴出している。これをまず正さなければないけない。

ではその手順はどうなるか。

法理論に基づく改正の方法というものを理解する必要があるだろう。

戦前の先人たちによる、軍と共に蜂起する思想を理解する必要があるだろう。

三島由紀夫・森田必勝氏らの雄叫びと無念を理解する必要があるだろう。

憲法に明記されない「軍隊と軍人」に問いかけた三島由紀夫氏の言葉を、自衛隊諸氏もいまこそ考えなければならないはずであろう。

大日本帝国憲法の「告文」「発布勅語」には、
皇祖
皇宗
から国家統治を受け継がれし
天皇陛下と忠実勇武なる臣民によって光り輝く国がつくられ、またそれを繋いでいくという大理想が発せられている。

権力者が、統治する民に対して強制するのではなく、国民と共に、といわれるそのお言葉に、喜びを強くする。

そう考えると、現行憲法の「前文」はとても軽薄であり、異議を唱えざるを得ないし、条文化されている国籍離脱の自由もまた、逆説的に戦後ニッポンの「自由」を象徴するものかもしれない。

義務を負わない自由など、あるはずもないのだが。

「勅語」を拝読しながら、中村武彦先生が時々に使われていた「忠誠勇武」という言葉をかみしめていた。

「敗戦」とはなにか。
「国柄」とはなにか。
そして「憲法」とは。

なにか、檄文になりそうなので止めておこう。

昭和45年11月25日「憲法に体をぶつけて死ぬ奴はいないのか」といわれた三島由紀夫氏とその思想に殉じた森田必勝氏の自刃から、まもなく42年の秋をむかえる。
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以前、正気塾・若島和美さんのプロデュースで、ミリオン出版の久田将義さんから「暴力団排除条例」について受けたインタビューの映像が「ニコニコ動画」にUPされていました。

大行社・丸川本部長、大地社・水谷代表と出演しています。

1時間くらいありますので、お暇な時にでも観て頂ければと思います。

下記の(Click!)を押すと観ることが出来ます。
 (Click!) 
10日(土)寝坊して、演説会に大遅刻。原稿がうまくまとまらずに四苦八苦していたら朝になってしまった。仮眠をして出掛けよう、とは甘い考えだった。現場では「また捕まったんじゃねェの?」なんて噂されていた模様。「いつまでも粗暴犯じゃねェぞ!」心外である。

なんの準備もせず、ボロボロの演説。反省しきりである。
年内の演説会はこれで打ち上げ。国政選挙の状況にもよるが、新年もまた、第2土曜日から演説会をはじめるつもり。

演説会の後、民族革新会議の定例会に出席。時局をはじめ様々な問題を討議。

週末から、小説は気晴らし程度にして『葦津珍彦選集』(全3巻、神社新報社)に取り組む。
1巻(天皇・神道・憲法)は、古本で購入し、飛ばし飛ばししか読んでいなかった。
2巻(維新の継承者として)は、先生から差し入れして頂き、静かなよい環境で熟読している。
3巻(時局・人物論)は、自腹で新品を購入した。まだパラフィン紙がついたままである。

年をまたぐだろうけれど、通して最初から熟読するつもり。

獄の友には「葦津珍彦の主張シリーズ」(全5巻、葦津事務所)を先月から1冊づつ差し入れている。勉強には静かなよい環境の友を、少しうらやましく思う。

影山正治氏の『求道語録』のなかには、
「牢獄も病院も、思へば実にいい道場だ」とある。

お互い、なにかの気づきがあればよい。