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編集の仕事でお世話になっている方がまとめられた大作です。

来年2月26日刊行とのこと。
また近くなりましたら、ご案内いたします。
たふとさにみなおしあひぬ御遷宮「泊船集」
(内宮はことおさまりて、外宮の遷宮をおがみ侍りて)
松尾芭蕉 元禄2年9月13日 講談社学術文庫『芭蕉全発句』より

先月16日の勉強会(博友会)にて、神社本庁参事の稲貴夫先生によるお話しをうかがった。

演題は『伊勢の神宮と式年遷宮』

毎年、神宮参拝みそぎ会に参加し、神宮に参らせていただいているが、まだまだ知らぬこと多く、興味深いお話しばかりだった。

だいぶん時間があいてしまったが、うかがったお話しをノートをまとめている。

今日、調べ物の帰りに立ち寄った書店で見つけた本をパラパラとめくっていたら、上の芭蕉の句と出会った。なかなかのタイミングである。

タイミングといえば、先月24日の「野分祭」でのことも忘れられない。
毎年、野分祭の典儀として慰霊祭の進行役を仰せつかっている。

祝詞、祭文が奏上され、檄文朗読、遺詠奉唱、玉串奉奠と祭典は滞りなくすすみ、昇神によって三島由紀夫大人、森田必勝大人の御霊がおかえりになられるまさにそのとき、大きな地震がおきた。後に報道を見ると震度4だったとのこと。

そこになにか意味を求めるわけではないが、まちがいなくそこに三島・森田両烈士の御霊がいらっしゃった、と強く思った。すこし震えがきた。


なにかを書いて更新しておかないと次に続かない気がした、そんなタイミングでこれを書いてみた。
中央高速のトンネル事故をうけて、現在さかんに高速道路において点検作業が行われているという。それらのほとんどが、完成から48年を経て老朽化が進んでいるらしい。

48歳になったばかりの自分に、老朽化とはなんだ! と言いたいところだが、正直なところ万全な体調ってどんな感じだったっけ、という毎日ではある。

健康診断という保守点検にいってみようか、と思う今日この頃。

師走の声を聞いて早くも6日。月日の流れの速さに、心が追いつけないのも老朽化の一部なんだろう。

【1日】氏神様〜靖国神社参拝。
夜、4年間の一時帰国を終えてブラジルに戻られる先輩の壮行会に参加させていただく。
タイ・バンコク支局長をみても思うことだけれど、異国の地で「大和魂」を発揚するそのバイタリティーに敬服する。

【2日】21世紀書院の忘年会に参加させていただく。毎年、美味しい料理が振る舞われる楽しい忘年会である。一般の方が多いのもまた楽し。いつも「縁」ということを実感する時間である。

終了後は、氷川丸を目前に見るハワイアンなお店で、私の誕生日を祝ってくれる人と二人で、生クリームたっぷりのハワイアン・ワッフルなどを食べる。

相手が大悲会の志村代行でなければ、完璧なシチュエーションだった…。

モデルさんらしきグループや元巨人の入来選手などが、楽しそうに食事をするなか、いかつい二人がいかつい話し…。楽しい時間でした。代行、どうもありがとう!(一部に、二人でふしだらな遊びに出掛けたという噂が広まっている気配もあるが、完全否定しておきます)

ハワイアンな店で、そういえはハワイのS君からメールをいただいたまま返信していないことにふと気づく。ゴメン! 音源、聞かせてもらってますよ! 

【3日】調べ物を終えて帰宅。そういえばあの勉強会はいつだったかと『月刊日本』をめくると当日だった。47歳最後の失敗。

【4日】48歳になる。靖国神社参拝〜月例の憲法勉強会。

憲法に明記されるべき国防の問題を議論。机上の空論などという意見もあったが、議論しそれらを乗り越える勉強会なので、やむを得まい。終了後、忘年会。誕生日ケーキをいただく。感謝!

数回前の更新で、先輩の還暦祝いのことを載せた。そのあとに還暦を迎えたことに対する格別の思いがあったことを知った。もう1回干支が廻ると私も還暦ということになる。明日なにがあるか、それは誰にもわからないけれど、あと12年、老朽化に抗いながら頑張って生きよう、なんて思っている。
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ワッフル(クリーム少なめ)と代行の腹
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憲法勉強会の忘年会で
マニー・パッキャオを応援していたけれど、残念ながらK・O負け。

「勝つこともあれば、負けることもある」といういさぎよいコメントに感動。

12月8日は、ジョン・レノンの命日(意表を突いてみた)

昭和16年12月8日、大東亜戦争開戦の詔を奉戴してより71年。

「いまこそ撃てと詔 承けて起ちたる暁の あの一億の感激を 負けたからとて忘られよか」(日本魂の歌)

たった1回負けただけ。
次の勝利のためにマニーだって頑張るといっているし。
楠正成は、七度生まれ変わっても、といっている。

昨年は、この日に合わせて「大東亜戦争の意義を恢弘せよ」と演説会を開催した。

今年は、東京都知事選、衆議院選挙の告示、公示期間であり演説会はなし。

選挙期間は街宣をおおっぴらに休めるのだけれど、いざ間が空くとさびしいものである。

【8日】民族革新会の憶年の集い(忘年会)

年末進行、来週は忙しそうだ。
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雪中をものともせぬ國の子2号
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硫化水素の漂う中を行軍
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農業実習
肩コリが酷いので、副長に「温泉で忘年会をしよう」と声をかけたら

【冬期厳冬訓練】天長節 
ヒトサンマルマル 靖国神社集合との連絡が回ってきた。

ということで、氏神様の「天長祭」参列のあと靖国神社ヘ。
皇居参賀を終えて参拝にいらした同志の方々と歓談をしていると、その忘年会という名の訓練に参加するメンバーも揃う。

車2台に分乗し連れて行かれた先は、人見仁さんの住む那須のそのまた奥の板室温泉。総勢7名。

人見さんが段取りしてくれたのは、湯治客中心の温泉でとてもいいお湯だった。ワケあって、温泉に浸かる機会が少ないので何度も入浴を堪能した。時に貸切状態のときは泳いだりして…。

厳冬訓練は、雪の降る深夜の旅館周り行軍や、硫化水素ガスが発生し強烈な硫黄臭漂う場所の行軍、恋人のフリをして連休を楽しむ人々の中からスパイを捜し出す訓練や、北朝鮮からのミサイルを雪玉にみたて、それを迎撃する訓練など凄惨で苛酷なものばかりであった…。

けっして、深夜の散歩や史跡見学、ストーカー行為や、雪合戦ではない。

そういえば、新入社員・中川君の乗馬訓練もあった。その姿は、北朝鮮の新しい親分にソックリだった。暗殺しておけばよかった…。

最後に、粉雪の舞う中でアイスを食べる訓練をした後、人見さん宅で農業実習を行い、奥様の心づくしのもてなしを受けた。人見さんが言う「田舎のもてなし料理」は、私の故郷の料理にも似て、とても懐かしかった。

母の料理を思い出した。

人見さん宅の広大な作業場には、福島原発事故による風評被害で出荷することが出来なくなった、シイタケを生産するための原木が野に晒されたままであった。安全性が補償されたとしても、その風評によって、客足は遠のくばかりである。それは、人見さんの場合に限ったことではなく、多くの生産農家を苦しめている現状でもある。

東電の補償も遅々として進んでいない。

私には、東海村の動燃に働く親族がいる。この度の震災で被災した友がいる。そして、いまだその被害のただ中にいる大切な同志がいる。

しかし…

いまだ原発に対するスタンスを表明していない(出来ない)自分が、はがゆい。
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風情のある温泉街だった
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深夜 訓練兵士が見上げた空
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訓練兵士を監視する人見軍曹