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多くの有志の皆様に参加頂き、成功裡に終えることができました。ありがとうございます。

手続き関係など、裏方に撤して運動を支えてくれた大悲会・志村馨会長代行以下、会員の皆様にも感謝申し上げます。

昨日の出来事を報じるニュースは、護憲集会と憲法改正に対する危機を煽るものばかり。
もちろん、私たちのデモなど報道されるわけもないのだが、報道してしまっては都合の悪いものこそ、物事の本質を突いているのではないかと、自画自賛している。

今朝の『朝日新聞』の投書欄には、中学生の北方領土に関するものが掲載されていた。
「旧島民の人の気持ちもわかるが、いま住んでいるロシア人はどうなるのか…」という主張である。

そこには、昭和20年8月15日以降も旧ソ連による侵略・戦闘行為が続いた千島、樺太の現実がすっぽり抜け落ちているのである。

真面目に学校に通い、日教組教育を受ける子供はこのような発想になっていくのだろう。

こういう子供たちを育てることが、戦勝国による戦後日本への課題だったとすれば、やはり熾烈な占領政策は悲しいかな成功したと言わざるを得ない。

その根本が「現行憲法」である。

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謹啓 青葉繁り風薫る好季節、各位には愈々ご清祥にて、日々国家社会の為にご精励のことと拝察、心から謝意と敬意を表します。
 昨今の我が国を巡る国際環境、わけても東アジアの国際情勢の激変、激動は長く戦後的平和に慣れ親しんできた国民の太平の夢を打ち破りつつあります。急速に軍事大国化する中国は我が国の領土・尖閣諸島を「核心的利益」と高言、恒常的な軍事的圧迫を強めつつあります。また、北朝鮮は核保有に生存の望みを託し、日本への核攻撃も辞さないと揚言し、激しいチキンレースを繰り返しています。かかる時に遅かりしとはいえ、漸く憲法改正が政治的課題として国民論議の焦点に浮上してきました。望むと望まざるとを問わず、戦争を直視せざるを得ない内外の情勢です。
 我々は内憂外患が極限に至る状況下に、この危機を転じて「日本再生」「維新回天」の神機に転じる道を追い求め、お国のお役に立ちたく存じます。
 大楠公は「正成一人いまだ生きてありと聞こし食し候はば、聖運はつひに開くべしと思し召し候へ」と勅答し、「天皇絶対」「死ありて他なかれ」という最期の一瞬まで戦い抜く日本武人最高の忠誠勇武の在り様を残されました。「大楠公が現代に生きて在りせば、如何に難局に当り聖運を切り開いていかれるか」を問うことこそ楠公祭を厳修する目的であります。
 大東亜戦争の敗戦直前に斎行された楠公祭は火の噴くような必死懸命の祭りであったと、
中村武彦先生が常々私どもにご教導下さっておりました。私どもも先人に学びたく思うこと痛切です。本年は決意も新たに、心を引き締めて楠公祭に臨みたく存じます。
 有縁の同志同憂心友各位にご参列賜りたく謹んでご案内致す次第です。     感謝合掌
        平成二十五年五月吉日
                           楠公祭 世話人 犬塚博英 拝
 
楠公祭
【時】平成25年5月25日(土)午後5時〜7時
【所】乃木神社社務所2階「尚武館」
  東京都港区赤坂8―11―27 電話03(3478)3001
  勉強会「太平記に学ぶ楠公の死生観、『七生報国』の思想」
祭典
【玉串料】2千円

※当日は土曜日で結婚式が多く混雑が予想されますので、受付は開始10分前からとさせていただきます。ご配慮ご協力のほどをお願いします。
※祭典終了後、青山1丁目にて直会を執り行います。こちらにもご参加下されば幸甚です(会費1人3千5百円)
尚、参列のお問い合わせは事務局担当の横山孝平までお願いします。
                             E-mail kuninoko@gmail.com
楠公祭のご案内 (Click!) 

私も同人に名を連ねさせていただいている民族革新会議が公式ブログをはじめました (Click!) 
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撮影:牧田龍氏(月刊『日本』)
緊張して吐き気をもよおすなんて、久しぶりの体験だった。

楠公祭当日の朝、風呂でみそぎをして会場となる乃木神社へ。
またこの日は、國の子評論社の創立記念日でもある。

平成21年5月25日、乃木神社で我が社の設立奉告祭をさせて頂いた。
5年目のスタートにあたり、厳粛な気持ちで本殿に参拝した。

楠公祭を前に、神宮の式年遷宮に関する勉強会に参加。

午後5時から楠公祭。

これまで多くの神事に参列したり、典儀として奉仕してきた。楠公祭にも積極的に関わってきた。だが、今回はかなり早い時期から祭典での「祈願詞奏上」を仰せつかっていた関係で、祭典を迎えるまでの心の持ちようが明らかに違っていた。

【馴れ】という言葉の関連を辞書でひくと、良い意味もあるが、悪い意味を表す言葉も多くある。【馴れ合い】などは、結託とかグルとか…。

私の中では、神事においてかなり悪い意味で「馴れ」ということに支配されていたように感じる。

次はこうして、ここで頭を下げて…、と。

そう考えると、今回の楠公祭は大きな転機だった。

犬塚世話人の本年の楠公祭案内には、

大東亜戦争の敗戦直前に斎行された楠公祭は火の噴くような必死懸命の祭りであったと、
中村武彦先生が常々私どもにご教導下さっておりました。私どもも先人に学びたく思うこと痛切です。

とある。

この楠公祭で祈願詞を奏上する。

とにかく、数日前から風呂で水をあびてから「祈願詞」に取り組んだ。

皇居外苑の楠公像に参った。

私の住む街は、新田義貞が鎌倉幕府軍と合戦した分倍河原古戦場があり、義貞の銅像も建立されている。毎日のように、そこを歩いた。

歩いているといろいろな思い出がよみがえってくる。

はじめて参列した楠公祭で、最後列のいちばん端で小さくなりながら仰ぎ見た中村先生のことや、記事にした楠公祭の明らかな間違いをご指摘頂いたこと。

そして中村先生から犬塚世話人が厳粛に継承してきた楠公祭を、この数年は日常と変わらぬ気持ちで迎えていたことにハッとさせられた。

以降、緊張でたびたび胃の痛みと吐き気に襲われた。

そこに神々がいますごとく

精神を集中させると、なんとなくそんな気分にさせられる。

乃木神社に奉職する斎主・斎員の方々のご奉仕で、祭典中、楠氏一統の神々は間違いなくそこにいらした。

自分が理解していることを、自分の言葉で祈願詞に込めた。

役目を果たせたかどうかはよくわからない。

祈願詞に込めた思いは、そのまま自分の次の行動を問われることになるが、自分のなかでは憑きものがとれたように、晴れ晴れとした心持ちになった。

こんな日は、歌舞伎町あたりの秘やかな場所で、女性と秘やかな直会をしたいと思った。

祭典に当たり、雑事を代わってくれた同志の皆さんに感謝しつつ…。
さきの楠公祭には、神宮参拝みそぎ会の事務を一手に引き受けて頂いている、伊勢の徳山さんと、村田さんにもご参列いただいた。たくさんのお土産を抱えながら駆けつけてくれた。

神宮参拝みそぎ会では、毎年参加者による式年遷宮奉賛金を募り神宮に奉納している。
今年3月のみそぎ会でも、同様に奉賛をさせて頂いた。

神宮からはそれに対して、書状と下賜品をいただくのだが、今回は事務局からの配慮で、それを私が預からせていただくことになった。

賞状などもらったこともないので、とても嬉しかった!

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徳山さんのブログ「北面武士」には今回の「楠公祭参列記」がアップされています。 (Click!) 
ほかにも、お仕事や旅行などで訪れた海外の写真などが掲載されています。

みそぎ会の記録写真はもとより、私どもの社旗入魂式の写真なども撮っていただいているのですが、ご自身が撮影されたキレイな写真も見ものです。
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お預かりしている書状