久田将義さん責任編集「ニコ生ナックルズマガジン」に、記事を掲載していただきました。
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いよいよ第62回式年遷宮「お白石持ち」行事のご奉仕です。
とにかく忙しかった仕事にとりあえずカタをつけ、特別神領民として参加させていただく光栄に、早くも涙が出そうなくらい、感激しています。
8月9日 伊勢にて式年遷宮・お白石持ち奉献行事に参加させていただく光栄に預かった。お白石持ち行事とは (Click!) 

前日より伊勢に入り、外宮御垣内にて正式参拝。
みそぎ会でお世話になる地元有志の皆さんを交えて会食。

当日早朝、二見興玉神社に参拝。

本来であれば、二見浦でみそぎをして神宮に参拝するのが正式な習わしであるが、それにかわるものとして、二見興玉神社に参る浜参宮がある。多くのお木曳行事参加者、お白石持ち行事の参加者が参拝する。浜参宮とは (Click!) 

浜参宮では、祈願詞奏上の大役を仰せつる。
神宮参拝みそぎ会で学んだこと、感じた素直な気持ちを奏上し、お白石持ち行事の無事貫徹を祈願。

直前の、M君のみぞ知る重大な失態に動揺を隠せず、猛暑なのに震えが止まらなかった。舞い上がり、早口になるのを、押さえなければ、押さえなければ…、と思いつつ、いつのまにか奏上を終える。

それでもいつしか、清々しい心持ちになるから不思議である。

その後、伊勢に入り「特別神領民」として仲間に加えて頂いた奉献団の出発式に臨む。

奉献団団長もまた、みそぎ会でお世話になる方。ご苦労は様々だろうが、私にとってはとても誇らしいことだった。

神事、木遣りの後「エンヤー」の掛け声で内宮へ向け出発。
数百㍍距離を3時間程かけてお白石を奉曳。

宇治橋を渡り、お白石を頂戴すると五十鈴川で手水を取り新御正宮へ。

白布に包まれたお白石を持ち、天津祝詞を唱えながら参進。

遷御後は、立ち入ることの出来ないその場所に、これから20年、私が奉献させて頂いた白石が天照大神のおそばで仕えまつらう。

常にそのことを忘れないでいようと思う。

平成5年の遷宮後に「古殿地」となったところが、天皇陛下の御治定によって「式年遷宮御敷地」となり「新正宮」となる。

そこから望む現在の御正宮は20年の時を経て古色蒼然とした姿を見せているが、それはまた未来の姿なのだ。

その対比、美しさに言葉をなくした。

行事参加前には、人生最初で最後の式年遷宮かな、なんて勝手に思っていたけれど…。

20年後にはまだ見ぬ後輩たちを連れて行かなければと、考えを改めた。

あと20年、中今の積み重ねを、常に若々しく、明るく大らかにありたいと思う。

今回、さまざまにいただいた御恩は『國の子評論』(まだ出す気があったのか?)ー式年遷宮特集ーとしてまとめて、お返ししよう。
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最近、本当に良い本に巡り会っている。
『城下の人』(石光真清・中央公論社)
『お国のために』(大原康男・展転社)
『神やぶれたまはず』(長谷川三千子・中央公論社)

特にこの3冊には心うたれるばかりだった。

『城下の人』は、熊本に生まれた明治の軍人・石光真清の手記を子・真人がまとめたものである。
以前、神風連のことを調べていたときにこの本に出会っていた。しかし、その神風連のくだりが、1巻目の冒頭で終わってしまったことから、最後まで読み進めることをしていなかった。

最近、この石光真清を取り上げた勉強会に参加し、全4巻を通読した。明治という時代の男、そして女に学ぶこと多し。

個人的には、小さい頃から父と子のいかんともしがたい苦悩に苛まれてきた自分にとっては、まぶしすぎた。これらは、勉強会の講師であった三浦小太郎さんのブログ (Click!) に詳しいので是非ご一読を。

そうそう、新装版『他策ナカリシヲ信ゼムト欲ス』ー核密約の真実ー(若泉敬・文藝春秋)の後書きを手嶋龍一氏が書いている。その冒頭には、

「この国の行く末に思いを残しつつ逝った人の形見に蔵書を持ち帰ってほしい−。そんな申し出に、迷わず『石光真清の手記』の愛蔵版をいただいた。随所に付箋がつけられ、繰り返して読みこんだ跡が窺えた」とある。

『お国のために』は、今年、國學院大學を退官された大原康男先生がこれまで著されてきたものを、ご自身の選でまとめられたものである。幸いに、これまで様々な場所で大原先生の講演を聴かせて頂く機会に恵まれた。そのお声とお顔が間近に思い浮かぶぶん、本の内容にも吸い込まれていく。

プロローグには、父君のことが書かれている。何たる因縁か。

「お国のために」そこにつづられた誠実な言葉のひとつひとつに、感動する。

『神やぶれたまはず』は、2年前に埼玉大学教授を退官された長谷川三千子先生が昭和20年8月15日正午という特別の瞬間を切り取られ、多く作家の論を通じて精神史を発掘したものだ。

第1章は表題のもととなる、折口信夫の「神 やぶれたまふ」である。

実は、長谷川先生の前著『日本語の哲学へ』(ちくま新書)が私には超難解で、何回読んでもいまだによく理解できていない。そこで扱われる、「もの?」「こと?」つねにアタマのまわりに? マークが飛び続ける。その帯には日本語の底力を見よ! いま日本語の哲学への扉が開かれる…とある。

しかし、わたしのその扉にはまだ、重い鍵がかかったままである。

『神 やぶれ…』もまた、冒頭で「絶対的なる〈もの〉」と出てきて、またダメか? と思ったが、今回は、個人的にかなり理解しながら読めたのではないかと思う。

読み終えてすぐ、式年遷宮お白石持ち行事の浜参宮祈願詞を書いた。
そこには、〈神社界が怖れる右翼〉を目指す私の「絶対的なるもの」を記した。

それは、はからずも「神やぶれたまはず」となった。いや、はからずもではなく、多分に長谷川先生本の影響がある。

「茫然自失の…」なんて言葉は、本からそのまま使わせて頂いている。

今日、そのお白石持ち行事をともに奉仕させていただいた、21世紀書院の蜷川正大さんのブログを拝見すると、私の内心が手に取るように見抜かれていた。いや、見抜かれてとても嬉しかった。

本のなかには、大原康男先生の著書から注脚があったり…。
全部つながっているし、そのつながりに、つながっていくことが出来ていることも、また嬉しい。

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今日、読み終えたのは、石光真清の生まれた熊本、その二本木という街の遊郭を舞台にした、明治期の遊女の物語。

『ゆうじょこう』(村田喜代子・新潮社)。

石光の生きた時代の側面を彩った人々。それぞれのなかに、真実が「ある」。

熊本の現代の遊女。あ〜、あの娘に会いたいな〜。
神宮参拝みそぎ会 神都世話人補佐の徳山雅一さんが、先日の「お白石持ち」奉献の写真をまとめてアップされました。

徳山さんのブログ『北面武士 
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事前に、参加者の写真掲載の可否についてお問い合わせを頂きましたので「人相違反はありますが、指名手配犯はいないので、すべてOKです」とお答えしてありますので、苦言は当方にお願いします。

時々笑わせてくれる、キャプションがイカシてます!

村田さんと仲良しなくせに…。
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