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5・3 憲法を考える青年集会には、120名を超える皆様にお集まりいただき、集会・デモ行進と有意義な運動を行うことができました。

ご参加いただいた皆様、ご支援をいただいた皆様に心よりお礼申し上げます。

平和憲法という幻想のもとに、自主防衛を放棄し、未曾有の出来事を想定外とやり過ごしてしまう為政者に対し、絶えることなく異議を唱え、あるべきかたちを訴えるひとつの運動のかたちであると自負しています。

今後は、実行委員会のあり方をふくめ、さらに運動を発展させる道を模索しようと思います。

この日、司会進行をつとめていただいた人見仁さん(大愛塾塾長)は、3・11の震災以降、福島原発の放射能の問題で、祖先から受け継いできた生業を奪われました。

そんな人を嘲笑うかのように、先般の国政選挙では、震災後に放射能を恐れ沖縄まで逃げた男が立候補していました。

お祭り騒ぎで、歌を歌いながら選挙運動をしていたあの男をいつか殴ってやりたいと思っています。

あの男は、生まれ育った地で父祖から受け継いだものをどう継承するかと、思い悩み続けながら生活を続ける人々をまえに「恥」を感じなかったのかと呆れたことがあります。

国会議員になったとしても、またなにかあれば逃げるのでしょう。
「逃げる自由」なんていうことを権利として…。

まさにノーベル平和ボケ賞ものです。

きれい事や、イデオロギーの対決には、ほとほと疲れています。

飾らずに、本質を求めて生きていきたい今日この頃です。
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中川君力作のプラカードを掲げて行進
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解散地点にて
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不治の病でではありません。ダイエットしました。あしからず…
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炭住と煙突(田川・炭鉱記念館http://www.joho.tagawa.fukuoka.jp/sekitan/)
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ホンモノを食わんといかんばい! ということで筑豊田川のホルモン
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身を殺して仁を成す 頭山満
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福岡 西公園に立つ平野二郎國臣像
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福岡で開催される演説会の登壇者として声をかけていただき、久しぶりの九州。

九州本部長の助力で、同行の先輩方の送迎なども滞りなく済む。

終了後は、熊本の心許す仲間(別格官弊大社)も駆けつけてくれ、ひさびさに語らい旧交を温める。

翌日も博多に残り、定番の平野神社、筥崎宮、玄洋社墓地に参拝。
西公園の平野國臣像まえで、記念の写真を撮った。

【以下引用】
〈学校(西南学院)は百道海岸の青松白砂の中にあり、その付近は元寇の防塁のあったところで、学校の構内にも防塁跡があった。はじめは気にもとめなかったが、やがて元寇とは何だという興味が湧き、蒙古襲来の歴史を知るようになった。

また我が家は西公園の下にあるので、裏の廊下から公園の中腹に立つ銅像が望見される。一体あの武士は何者だという疑問から、平野二郎国臣の伝記を読むことになり、そこから明治維新の歴史に入って行く端緒が開け、勤皇の志士の行動と精神に感銘を受けることとなった。

それは、これまで否定して来た忠君愛国を見直さずにはおれない問題提起であり、社会主義革命を夢みて来た自分の未熟と不勉強を自覚せざるを得ない新しい世界の展開であった。(『維新は幻か』いれぶん出版・中村武彦先生著 27頁)〉【引用〆】

私の平野國臣との最初の出会いは、野村秋介先生が著書の中で、

君が代の安けかりせばかねてより身は花守となりけむものを

という歌に触れて書かれていたいたものを読んだときだ。

その後、拘置所に差し入れられた『幕末入門書』(展転社)の中にあった歌に震えたこともある。

我が心岩木と人や思ふらむ世のため棄てしあたら妻子を

世のために棄ては棄てしが年経ても忘れぬものは吾が子なりけり

愛しみ悲しみあまり棄てし子の声立ち聞きし夜もありけり

平野國臣の覚悟の前に、家に帰りたくてたまらなくなった不覚悟の自分を呪ったことを思い出す。

平野神社発行の『平野二郎國臣』というパンフレットを頂戴した。

平野が宗像大社普請方として宗像郡大島に赴任したことが書かれている。

また「桜田義挙」に対する所見も載っていた。やや反発を覚える所もあるが、それは今後勉強してまた触れたいと思う。

いま西公園に立つ像は、昭和39年(私の生年)に平野國臣生誕100年を記念して建立されたものである。ゆえに今年は生誕150年祭が3月に営まれた。

中村武彦先生が仰ぎ見たその像は、大正4年に建立され、昭和18年の大東亜戦争中に供出されている。
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博多駅前で演説をさせていただいた
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筥崎宮
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玄洋社墓地
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5月10日 好天に恵まれた演説会。弁士4名。2時間。

私以外は、我が社ではなく、応援に駆けつけて下さった20代・30代の若い弁士。

私の憲法問題への発言に気をつかっていただいたのか、みなさんがそれぞれの視点から憲法を捉え演説されていた。

若い感性と思想に脱帽といった感じの演説会だった。

次回演説会 (Click!) 

演説会終了後、楠公祭の打合せのため乃木神社へ。

その後、民族革新会議定例会に出席。
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五月晴れ。演説中は汗をかくほどだった。弁士6名。

3名の応援弁士にご登壇いただき、今回も充実した3時間の演説会。
所用で新宿を訪れた三澤先輩の激励有り。

最近は、自らの主張というより、若い弁士の主張に刺激を受けるために新宿に通っている感あり。

夜は最近日課のウォーキングを約6㎞。HIPHOPを聞きながら、ズンズン歩く。筋肉痛も心地良し。

☆    ☆    ☆    ☆

明日は「楠公祭」

この数日、楠公祭の準備をしながら、維新の志士たちの楠公感を調べていた。

今楠公といわれた真木和泉守、会沢正志斎、吉田松陰…。

楠公祭に関わらせていただくことの重大さに、いまさらながら感激と大いなる畏れに身が引き締まる思いがする。

明日の楠公祭は、どなたでも参列できます。

軽い気持ちで行ってみようか、という方にはお薦め出来ませんが…。

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祭典では祈願詞の奏上を仰せつかる
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犬塚世話人と伊勢から参列してくれた同志とともに
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裏方に徹し頑張ってくれた我が社の社員とともに
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中村武彦先生に見守られて…
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犬塚博英世話人の玉串奉奠
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記念講演での西村眞悟先生
5月25日 東京・乃木神社「尚武館」において、楠公祭が厳修された。

記念講演は、「混迷の世に正成一人の気概を…」ー大楠公精神の今日的意義ーと題し
衆議院議員の西村眞悟先生にその労をおとりいただいた。

100名を超える方々の参列を仰ぎ、大楠公の御事跡を偲びつつ、現代に生きる我らが如何にあるべきかを深く考えさせられた一日だった。

今日は、いっさいの緊張がとけ放心しています。
仕事になりません…。
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