昨年の10月10日、からだの不調を感じながら民族革新会議の定例会に出席した。

連日の頭痛で鎮痛剤が手放せなかった。時たま襲う左手のしびれは、読んでいた本を落としてしまう程だった。胸が苦しくなって、朝の電車を降りたこともあった。

翌11日 体調がすぐれないまま、12日の会合へ出席する旨の連絡をいれた。その深夜、横になって本を読んでいると頻繁に胸が苦しくなる。しばらくすると、脂汗が出て来、吐き気が襲ってくる。

経験したことはないが、ゾウに胸を踏まれている感じだった。なんかマズイぞ…。

現代人のサガなのか、ネットに症状を打ち込んで検索してみると、心筋梗塞の症状にピッタリ。

だんだん気も遠くなる。

これは気絶するな…。死ぬかも…。

幸いにも救命救急に命を救われた。

昭和35年に浅沼稲次郎氏が山口二矢烈士によって刺殺された日だった。

翌13日は、大正元年に中村武彦先生がお生まれになった日。

20日、野村秋介先生自決(平成5年)の日は病院のベッドで迎えた。

そんなことを因縁だと感じ、式年遷宮で得た感動を自身の生まれ変わりともとらえた。

12月、49歳の誕生日を迎えた時は感無量だった。

今週は、術後一年の検査のため入院をしていた。
検査結果は問題なし。恥ずかしげもなく自画自賛するが、40㎏の減量の成果だと思う。

しばらくぶりに会う人たちに、二度三度と見られてから名前を呼ばれることも、いまでは楽しい。

そしてまもなく50歳になる。

これからの10年をガンガン行くぜ! という思いだ。

今日で病気ネタを書くことも終わりにしよう。

すこしだけ1年前を思い出しながら、これから民族革新会議の定例会に出かける。

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『文藝春秋』11月号で、ノンフィクション作家の森功氏が「パソナ」の問題を取り上げている。興味深い記事だ。負けていられないと思う。





全労連の記事です (Click!) 

青年隊の諸君も立派な労働者。主張はあまりかわらないね!

ここにも仮処分かけるのか?

こんな会社を弁護する方も恥ずかしいだろうに…。
いや恥ずかしいと感じる情操がなければ、弁護士失格だと思う。

こっちにも早く本裁判をおこしてもらわないと。
仮処分の濫用って言われてもしかたないでしょう。
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うちに対する仮処分の申立には重大な誤りがあったけど、本裁判ではどう扱われるのでしょうか。興味津々!
人間の命に象徴されるように、現象において永遠なる「もの」は存在しない。
しかし、人間の営みによって永遠である「こと」は可能になる。

時間を超越して、かわらないことを真理とするのである。

この2日間は、そんなことを考えていた。

☆青年思想研究会「先憂を偲ぶ会」に出席

先憂とは、そのまま戦友でもあるのだと思う。
人の死とは、自らが決めた死以外、けっこうあっけないものであることは、自身の実感としてある。

志を立てて生きていても、必ず死は訪れる。

そして、その死が現実に訪れても、世の中は変わりなくまた営みを続ける。

一番怖いと思ったのは、その存在した事実を忘れられてしまうことだ。

けれども、志をもって集まった仲間が、その「死を忘れない」と毎年集い、かつその「死友に背かない」と決意を新たにすることは、個人における死に対する畏れへの緩衝と勇気にもなる。

組織もまた永遠ではないのかもしれないけれど「死友に背かない」という志を立てることによって、また永遠となることができるのである。


☆野村秋介先生追悼21年 群青忌
野村秋介先生の菩提で行われた法要に参列させていただく。

平成5年10月20日、私はそれまでの生き方を改めて、ある志をたてた。

そのときは、まったく知らなかったことだが、伊勢では第61回式年遷宮が行われている。

以来、様々なご縁をいただくなかで、平成25年の第62回式年遷宮には、お白石持ち奉献のご奉仕にも関わらせて頂く栄に預かった。

過去と中今と未来が渾然一体となったその様に、畏れと大きな感動を得た。

式年遷宮とはまさに、永遠の神々のもとに、日本を永遠たらしめるために、民が営む志と技術の継承である。

あのお白石持ち奉献の直後に深く考えさせられた「命」の問題は、私にとっての次の式年までのあらたな使命を授かったと感じている。

野村先生の20年祭の時、病院のベッドでそんなことを考えていた。

野村先生の自決は、式年とそのまま一緒に、わたしたちのあるべき姿を想起させる。

門下の方々の営みは、野村先生の存在を忘れないと当時に、日々その思想を伝播していく。

永遠なるものは無い。

しかし、限りある命の積み重ねは、志とともにそれを永遠にすることができるのである。。