ここ数日、めまいがひどい。

血圧はちょっと低めだが、血液検査の結果もまったく正常なので、血管の関係ではないと思う。

最近は引きこもってばかりなので三半規管が固まってしまったか? もしくは金欠が原因だろう。

「金がなくてめまいがするよ」と冗談で言っていたのが、本当になってしまった。

言霊おそるべし!

芝・愛宕神社に参拝した。

虎ノ門駅を地上に出ると、猛烈な暑さだった。空が青いな…、と思ったら急に視界がグラグラしてまともに歩けなくなる。

しばらく歩道の隅でうずくまる。

だいぶ楽になったので愛宕神社にむけて歩く。

あの階段でめまいがしたらヤバイなと思いながらも、出世の階段を上る。太っていた頃は何度も休まなければ登れなかったこの階段も、いまはスイスイと行ける。

「あとは出世が待っているだけだ」と独り言。

愛宕神社に参拝。社務所にご挨拶をして、尊攘義軍殉皇12烈士女の碑に参拝。

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尊攘義軍12烈士女70年祭は、8月22日午後5時から、愛宕神社境内・尊攘義軍殉皇12烈士女之碑前で斎行します。

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調子もよくなってきたので、新橋駅頭で行われる『月刊日本』辻説法に参加する。

しばしマイクを預かり訴えをさせていただいた。

訴えを終えると、一人の紳士が涙ぐみながら「良い演説」だったと激励して下さる。

至福の時である。

『月刊日本』の方々は、みな雄弁だ。若手も気合いが入っている。

我が青年隊の諸君も「読む、書く、演説する」のバランスを大切に。

そんなことを教えてくれた団体も今はもう、ないけどね…。えっ? ある? 
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『月刊日本』主幹
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編集長にはパソナ裁判等を取り上げていただいた
『週刊金曜日』8月7日(1051)号で、佐高信氏の記事中に、我々の「パソナ裁判」について触れた一文がある。是非ご一読を。

『月刊日本』に記事を掲載していただいて以来、ほかのメディアからも二件の取材を受けている。

記事が掲載されたら、またご紹介したい。

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先日は、ちょっとアカデミックな用件でふるさと水戸に日帰りした。

15日の勉強会 (Click!) の企画もあって、子供の頃の8月15日ということを思い出しながら街を歩いた。

けれども思い出すのは「野球」のことと「♪ミスター・サマー・タイム」「♪時間よ止まれ」のフレーズが頭の中に流れてくるばかり。

何も考えていなかったのかな?

時間調整のために立ち寄った書店には、「郷土」というコーナーがあった。

水戸の歴史を深く掘り下げる錦正社の本は当たり前のようにあるが、はじめて知る本もあった。

『桜田事変と佐久良東雄の生涯』(暁印書館)『桜田門外雪解せず』(筑波書林)の2冊を購入。

佐久良東雄先生出生の地で学校長などの歴任された方、そして土浦市に住まわれる女性作家の筆によるものだ。

帰路、各駅停車で東京の自宅までの三時間。夢中になって読んだ。
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某氏の息子も通う茨城大学
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水戸芸術館
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無限柱
千鳥ヶ淵戦没者墓苑、國の子青年隊・北海道支局の諸氏と靖国神社参拝。
正午、社頭にて諸先輩・同志と黙祷。

午後3時より中野ゼロホールにて開催の博友会(主催・犬塚博英先生)に参加。
「戦後70年を考える」シリーズ第4弾として、山口申先生が少年時代に体験された大東亜戦争末期のお話しされた。(講演録としてまとめさせていただく予定。乞うご期待)

第2部は、30代、40代、50代から1名づつ登壇いただき「もはや戦後ではない」という時代に生きて、と題して様々なテーマをディスカッション。

「安倍談話」などに関して様々な意見があり考えさせられる。

進行役をかって出たが、私の役不足が一番の問題だった。

終了後は、懇親会を中座して、山本支局長らと同郷のA君を交え甘味で一献。
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靖国神社にて正氣塾若島さん、展転社荒岩さん、憂国青年同盟新田さんと
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博友会
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東京大空襲の夜を語る山口申先生
22日の70年祭を前に、尊攘義軍「殉皇十二烈士女之碑」(愛宕神社境内)の清掃奉仕作業。

集合時間前に現地に着いたが、若手奉仕団はすでに作業をはじめていた。ありがたい。

みなで草をとり、慰霊碑を洗い、掃き掃除をする。

心地よい汗をかいた。

大きな節目の年、きちんと潔斎をして70年祭にのぞみたい。

【尊攘義軍十二烈士女 70年祭】
 平成27年8月22日 午後5時から
 芝・愛宕神社境内「殉皇十二烈士女之碑」前
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愛宕神社・出世の階段(手すり)
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作業する若手奉仕団
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殉皇十二烈士女之碑
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■尊攘義軍12烈士女 70年祭(8月22日)

典儀として祭典のご奉仕させていただく。

70年祭ということもあり、例年に増して多くの方々が参列されるなか、何より尊攘義軍ご遺族をはじめ、有縁の方々が集まられたことをとても意義深く思う。

蝉時雨とともに時折頬をなでる心地よいそよ風。それらを烈士らも感じていたのだろうか。
今生の別れを惜しむ蝉時雨とも聞こえてしまう私の感覚は、覚悟なき者の業なのかもしれない。

尊攘義軍に関しては、過去2度『國の子評論』またその別冊として、過去の資料を再構成したものを発行させていただいた。現在、その2冊を合本として再構成したものの発行準備を進めている。


■明朗会12烈士女 忠魂碑参拝(8月23日)

「一死以て、皇運の無窮を祈念し奉る」と宮城前で自決された烈士女を偲ぶ。


■大東塾14烈士 70年祭(8月25日)

副長、九州本部長とともに、代々木公園内「自刃之處碑」参拝につづけて、大東塾にて斎行された70年祭に参列させていただいた。

野村辰夫烈士『祭の歌』から
「屍乗りこえいやつぎつぎに 清く祭のみあかし頼む
御灯いかしく高天原で 神の子集いて神楽を舞はむ」

「神楽を舞う」に秘められた意味を教えていただき慄然とする。

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戦後という言葉は、いずれなくなっていくだろう。

しかし、それと同じ時を歩む尊攘義軍12烈士女、明朗会12烈士女、大東塾14烈士の顕彰を絶やしてはならない。

個の永遠はないが、思いの継承を永遠とするために私の今があるのだと、僭越ながら思う。

これでやっと夏休みという気分。

もう肌寒くなってしまったが、青梅御嶽山に行ってみようと思う。

敦賀に天狗党の最期を訪ねる旅をしようと思う。