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佐久良東雄先生奥津城
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東雄先生「聖観音」の扁額
土浦市 善應寺内佐久良東雄先生墓所

生家 石岡市浦須314・1
   飯島姓 当主平蔵の長男(幼名 吉兵衛)
   文化8年(1811)3月21日生まれ
   師:真言宗観音寺僧侶 康哉(万葉法師)
     良哉(東雄・歌名)
   
   土浦、善應寺住職となる。

天保14年(1843)33歳 鹿島神宮に参拝。
神池にて禊、7日7夜のものいみの末に、神鹿の鳴くを聞き、還俗。
鹿島神宮へ桜を献木。姓を桜、名を靱負とする。

そんな話をしていたら、副長が、佐久間から佐久良に改名するといいだした。もちろん、キツく却下しておいた。

万延元年(1860)49歳 3月23日朝 江戸小伝馬町の牢に幽閉
桜田烈士、高橋多一郎らを奉職の大阪・坐摩神社などにかくまったことを罪とされる。
           
 6月27日 餓死「吾 徳川の粟(ぞく)を食(は)まず」

明治24年9月21日 靖国神社合祀

東雄先生には善應寺時代にこんなエピソードが残されている。

藤田東湖が訪ねて、水戸への仕官を勧めると「我に主人あり」といって辞退した。
誰かと東湖が問えば「申すも恐れ多いけれども、京都にまします天孫今上皇帝こそ東雄が御主人なれ」

会澤安が来訪して水戸家へ仕えることを勧めると
「徳川氏は世々天下の政を専擅し、朝廷を悪にし奉り無道の事多し。是余の大に悪む所なり。然るにいま水戸家に仕えなば、また徳川の米を食むに等し。されば余は決して仕官せず、皇室を復興するを以て己が任となすなり」

と語られたという。

天皇は神である。ゆえに英雄ではない。
英雄とは、その神にまつらう者である。
佐久良東雄とはそういう人である。

「凡そ臣子たるの道は、忠孝の二字にあるのみ。何ぞ他に道あらんや。嗚呼、小子輩身を立て道を行わんと欲せば、唯々楠公その人を亀鑑となすべし。たとえ万巻の書を読むと苟も忠孝の心なくんば敢えて語るにたらず。書を読んで道を行わざらんよりは、寧ろ無学にして直なるに如かず」


墓前には、真言宗護国派僧侶の副長が読経が低く響いた。

「國の子評論社が神道派と仏教派に分裂! 抗争か!? 」

そんな噂を吹き飛ばすかのように、佐久良東雄先生の墓前でツートップが並び拝礼したことの意味は大きい!(実話雑誌のリードのようにまとめてみました)

「たとえ万巻の書を読むと苟も忠孝の心なくんば敢えて語るにたらず」
誰とはいわないけれど、面と向かって言ってから、ぶっ飛ばしたいヤツがいる…。
渥美勝先生の碑拝礼。

「宣言」
皇大命を御中に
清く やさしく 強く
偕に食ひ 偕に働き 偕に楽しみ
天地拓きて 宮柱太敷立て
無窮に伸展び 各自各のミコト果たさな
国の子 桃太郎


聖日本学会設立90周年記念誌『桃の実集』(発行・桃の会)に寄せさせていただいた「由縁のままに」から一部を抜粋する。

「國の子」を名乗らせていただく縁は、やがて渥美先生の御事績を顕彰する「桃の会」とも結ばれる幸いを得た。

「桃の会」は、さきに渥美先生歿後八十年を期して、その墓所を静岡から、私の故郷・水戸に遷される事業を行われていた。

深い因縁を感じるのはそれだけではなく、水戸の田尻隼人先生と土浦の本間憲一郎先生とのご縁は、そのまま中村武彦先生とのご縁にも連なるのである。

また奇縁ではあるが、本間憲一郎先生、そしてその御子息がいまも奉職される土浦・八坂神社は、私が高校の授業をサボり、隠れてタバコを吸っていたところだった。

故郷を逃げ出すように都会に出た者が、縁由を通じて「國の子」であることを自覚し、やがてその故郷を誇りに思うことになった。

そしていま、桜にさきがけて咲く梅の如く、維新の魁となった水戸に、彦根出身の渥美先生が眠る意味の大きさを、私は「桃の会」を通じて、深く考えたいと思う。
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水戸市田谷町の渥美先生碑
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桃の会によって建立
弘道とは何ぞ
人能く道を弘むるなり
道とは何ぞ
天地の大経にして
生民の須臾も
離るべからざるものなり(「弘道館記」冒頭:徳川斉昭公)

諸用を兼ねて副長とともに水戸へ取材に。歳を経るごとに故郷への思いが強くなる。

大洗磯前神社参拝。
御祭神は大己貴命(大国主命)
    少彦名命

「太平に呆けた幕府の役人に、国難など察知できるはずがない。夷敵の狙いは明らかだ! 夷敵の狙いはただひとつ。この山河が欲しいのだ。すでに大船を繰り支那へ至り、彼の国を蹂躙している。狡猾な彼らの次の狙いはどこだ、分かるか」

正志斎の一語一語が、生徒たちの肺腑へ突き刺さった。正庁(弘道館)の空気は、熱を帯びた。

「われわれ水戸藩の海岸は、夷敵の標的に格好な広がりをもっている。ふたたび夷敵は出現する。蹂躙を許すのか。尊皇の志を抱き、この国を守れ。心身の鍛練、怠るな」

関鉄之助は、大洗磯前神社の鳥居の先に広がる大海原を思い浮かべた。あの碧く美しい海に、夷敵の悪意が集結しているとは。鉄之助は拳を固く握りしめた。

正志斎の舌鋒は、さらに鋭く響きわったった。(広田文代著:『桜田門外雪解せず』)
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磯前神社から望む太平洋。関鉄之助も此の景色を…
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弘道館正庁の「尊攘」
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弘道館記
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【日時】9月29日(火)雨天決行
     午前11時~ 集会開始
     正午     行進出発

【場所】三河台公園(東京都港区六本木4-2-27/六本木通り沿い/俳優座の横)

 日本を愛する皆さん!
 アジアを想う皆さん!

 大東亜戦争は聖戦です。侵略戦争ではありません。欧米列強の魔手から、祖国日本の独立を守る為、同胞アジアを解放する為、起ち上がった戦争が大東亜戦争です。矢尽き刀折れ敵に降する無念の結果となりましたが、日本人が未来永劫に誇るべき戦争です。一億慟哭の昭和20年8月15日から、本年は70年を迎えました。降伏から占領と、昭和27年4月28日のサンフランシスコ講和条約の発効まで、我が国と連合国との戦争は続きました。武力戦争から思想戦争へと移りましたが、我が国は思想戦争にも完敗してしまいました。領土も軍備も失い、憲法も歴史も奪われたまま、奴隷的平和と物質的繁栄のみに価値観を置く我が国の惨状は正視できるものではありません。しかし、日本は私たちにとって愛する大切な祖国です。祖国を守る為、私たちは戦います。

 「中国共産党」が支配する「中華人民共和国」すなわち中共は、「反日」「共産」「中華」の三悪国家であり、敵国です。昭和47年9月29日、我が国は中共との国交を樹立しました。この間、主権侵害、内政干渉、領土・領海・領空の侵犯など、中共による敵対行為は数限りなく繰り返されてきました。中共の脅威に晒されているのは、我が国だけではありません。満洲、南モンゴル、東トルキスタン(ウイグル)、チベットなどに対する侵略・虐殺・苛政。台湾に対する併呑の野望。中共に支配されている全ての人民たちの苦難。中共の存在は、アジア全民族の脅威であり、人類の敵と断言できます。
私たちは草莽とはいえ、興亜憂国の志士と自負しています。この重大な危機を坐視する事はできません。平成14年9月29日、所謂「日中国交正常化」30年の秋、私たちは中共との国交断絶を目指して、9・29反中共デーを開催しました。昨年も東京だけではなく、北海道(札幌)でも、中部(名古屋)でも、関西(大阪)でも、九州(福岡)でも、反中共デー闘争は展開されました。本年も「9・29反中共デー」の旗の下、勝利を目指して、同志道友の皆さんが共に起ち上がり、共に闘う事を熱望します。勝利を信じて、闘いましよう。

[合意事項]
①国旗の掲揚は大歓迎します。また、旭日旗やZ旗の掲揚も歓迎します。
②台湾やチベットなど中共と戦っている国々の方が、ご自分の国家や民族を象徴する旗を掲揚する事は歓迎します。
③超党派の運動の為、会旗など団体の旗を掲揚する事は禁止します。
④拡声器の持参は歓迎します。
⑤車輛での参加はご遠慮ください。

[連絡事項]
 本年も東京大会だけではなく、北海道大会(札幌)も、中部大会(名古屋)も、関西大会(大阪)も、九州大会(福岡)も、開催される予定です。

[呼び掛け]
 平成27年9・29反中共デー東京大会共闘委員会
 事務局 〒170-0003
     東京都豊島区駒込6の27の11(三澤浩一方)
     電話&FAX03-3918-9524
     携帯電話090-2622-4242
9月12日 第146回國の子演説会を開催した。

参加は、和泉・中川・横山(國の子評論社)
    新宅さん(誠臣塾)
    鹿島さん(青年思想研究会)

安保法制の問題を中心に2時間の演説会。

途中、沖縄出身の青年とモメそうになったが、最終的には「琉球独立論」を含めた深い話が出来た。沖縄の抱える底知れないものを切々と話してくれた。

こんな議論が出来る人なら、少しくらい酒を飲んでいても歓迎だ。

幟に掲げる「生命奉還」の意を勝手に解釈して「まぁ〜、恐い、コワい」と連発して去って行ったオバさんには辟易させられたが…。

いつも、正気塾の若島さんから差し入れを頂戴する。感謝合掌。

終了後、民族革新会議定例会に出席。
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宿坊の門 全国の御嶽講の碑が数多く建っている
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こちらも宿坊だろうか?
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御嶽駅前の多摩川 雨の影響か濁っている
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山頂の大口真神社
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御嶽神社本殿
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奥宮遙拝所(山頂)次回は参拝させていただきたい
【告知】9月18日開催 博友会  (Click!) 
【告知】9月29日開催 反中共デー東京大会  (Click!) 

☆     ☆     ☆     ☆

御嶽山に登り武蔵御嶽神社に参拝した。

JR青梅駅から奥多摩線に乗り継ぎ御嶽駅へ。

バス、ケーブルカーを乗り継ぐと、あとは山道を進む。

整備されたきれいな道であるが、宿坊群を過ぎるころから急な坂道に息が上がる。

すこし進むごとに、気温が下がっていくのを実感する。

神門をくぐり延々と続く階段を上りきると、やっと本殿にたどり着く。

数ヶ月前に浅田次郎氏の『神坐す山の物語』を読んで以来、ここを訪れたくてしょうがなかった。

歴史を感じる立派な宿坊を見ながら、物語を思い出す。

浅田次郎氏ゆかりの山香荘を横目に、近い将来、宿坊に泊まり、滝禊をはじめとして学習会をしたいものだと思う。

神坐す山である。

午後の遅い時間は参拝者もなく、ひとりしずかに玉垣内の神々に額ずく。

昼過ぎに御嶽駅についてまず、腹ごしらえの蕎麦を食べたあとに、「今日はこれで帰ろうかな」などと思った心は、きっと神様に試されたのだと思う。

参拝後のすがすがしさを、なによりの褒美だと思った。

【大口真神社】御嶽山山頂
御祭神 大口真神(御神狗・おいぬさま)
日本武尊が東征の際、御岳山の山中において狼に難を救われ、その際に「この山に留まり、地を守れ」と仰せられ、以来、御嶽大神とともに「おいぬさま」とあがめられ、病魔・盗難・火難除け等の諸災除けの神として関東一円の信仰を集めています。又、道中での難を救う神として、登山や旅行安全の神、「おいぬ」は「老いぬ」にも通じて、健康・長寿の神、戌は安産・多産な事から。安産・子授けの神としても多くの信仰を集めています。
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神社鳥居と神門
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神社HPより(鳥瞰図)
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拝殿から後ろを振り返ると…
招待? されたので大島さん、木下さん、松田さんとともに米軍横田基地視察に赴いた。

総隊長と隊員は米軍機のチェックに余念がない。
「PUSH」と書いてあるところはすべて押してみる念の入れようだ。

國士を多く輩出する某大学出身の松田さんは「『押忍』の精神です」とそれを評価した。

総隊長らのチェックは消防車にまでおよんだ…。

☆     ☆     ☆     ☆

愛読書の中に米占領下の沖縄・コザを捉えた写真集がある。

そこに琉球婦人友の会と米婦人会がともに、着物姿でお茶を点てたり踊りを舞う写真がある。

今日、基地の中では大きな国旗と星条旗が並ぶその下で、まったく同じ光景が繰り広げられていた。

なにも変わっていない。

そしてそれは、より強固な鎧をまとうことになった。

考えるべき事、やるべき事を多く見つめることとなった視察であった。

☆     ☆     ☆     ☆

アメリカンなジャンク・フードではなく、焼きそばを食す木下隊員を尊敬した!
毒々しい赤いジュースを飲んでいたけれど…。
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海軍仕様のオスプレイの問題点を考える
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とりあえずスイッチはすべて押忍
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都合により写真を大部分加工しています
【弁士】中川、横山(國の子評論社)、荒岩宏奨さん、鹿島政晴さん
【応援】千葉麗子さん、松田晃平さん

それぞれの考える「安保法制後のあるべき形とはなにか」という感じでまとまった演説会となった。

本日の乱入は、黄色い歯とピチピチの黒いシャツが印象的な自称クリスチャン。

「クリスチャンだから『天皇制打倒』だし、初対面でも、年上の人間に対しても敬語なんか使わねぇんだよ」とおっしゃっていらした。

いちおう演説会の邪魔にならないところで議論してあげようと思ったのに「渋谷で撮影があんだよ!」と、訳の分からないことを言って、逃げていってしまう。いったい、なんの撮影をするんだろう?

「天皇制打倒」と堂々と言ってしまうところに底の浅さを見るんだけれども、それ以前に、人との関わり方が、神様と契約した人間の振る舞いではない。あきらかに信仰に生きている人をも侮辱している。

戦争を起こすのは「安保法制」より、こういう排他的な自称クリスチャンなんじゃないの!

なんて思っていたら、松田さんは別の熟女クリスチャン3人を「神ながらの道」へ領導していた。

OH! my God!



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良いアングルです©千葉麗子さん