平成17年9月30日、先生とお別れしてから本年で、はや十年の歳月を数えることとなりました。

ここに相集うそれぞれが、先生と過ごした日々のことごとを誇りとして生き、道に精進せんと励んでおります。

しかしまた、時々に起こり来たる数多の困難、試練を前にしたときに、いまだ「中村武彦先生在りせばいかに」という思いのなか で、自身の無力さにうちひしがれることもしばしばです。 

そのたびに御著書『維新は幻か』を読み返し、先生の教えや、その歩み来し苦難の道のりのなかで、大楠公を敬仰し、血盟の同志とともに維新寮での盛んな活動から、神兵隊蹶起、告り直し、維新公論、聖戦貫徹同盟、八千矛での言論活動、平沼事件、ときに敵対しな がらも司法関係者との魂の邂逅や、尊攘同志会同志との別れの物語など、一つ一つを上げればきりがない、先生の戦いの生涯の前に、また新たな決意がうまれます。

先生と固く結ばれ、八千矛社を継承する犬塚博英先生を先頭に、先生が生涯をかけて懇ろに続けられた5月25日の「楠公祭」、8月22日の「尊攘義軍十二烈士女弔魂の御祭」は、この10年を絶やすことなくつづけられております。

この尊攘一条の火を絶やさぬ道は、その道に連なる喜びとともに、果てしない重圧となりながらも、維新運動を志す者の励みとも なっています。

君がため朝霜ふみてゆく道はたふとくうれしく悲しくありけり

先生から教示いただいた、佐久良東雄先生の歌の意の神髄を実践できる喜びかもしれません。

個人の思いの吐露をお許しいただければ 先生と最後にお食事をさせていただいた時

「いまは、誰かを斃せば何かが変わるという時代ではない。君はいま、耐えがたきを耐えて書きなさい」

と道を示していただけた光栄を誇りとして生きております。

遅き歩みに歯がみするばかりながら、この道の歩みをとめずにあろうと思い定めております 

昭和維新断行の志のままに生き抜かれた先生、 

こころざし遂に成らずも一筋に歩み来し道に悔あらめやも

尊皇絶対 生命奉還 神州恢復 朝敵撃滅 という同志との盟約を果たさんがための御生涯、此の一筋の道を護り、受け継ぎ弘め行かんと、拙き力寄り合わせこの10年を努め励み来ました。

こい願わくば、さらなる維新回天への道のりを、照らし導き賜わらんことを祈念いたします。

本日、ご親族のみなさまのあとに、門下生とそれにつながらんとする者ども相集い、中村先生歿後10年の墓前にたち、あらためてこの道に邁進せんことをお誓い申し上げます。
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平成15年12月 先生行きつけのとんかつ屋さんで
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平成16年5月 八丈神社例大祭の直会
毎月はじめに行っている「憲法勉強会」

この数回、軍隊・指揮権のあたりで足踏み…。

《維新にさいして、王政復古を迎えた日本人は、奈良平安のままの王朝文化をもとめたのではなくて「神武創業の基」に還り、神威赫々たる国民兵を統帥する神武天皇の再臨をもとめた。

明治天皇が桓武いらい先帝孝明天皇にいたるまでの千年の京都文化に、いかに深い愛惜をもたれたかここに書く紙数はないが、天皇は、薄化粧を洗ひおとして大元帥服を着用なされた。

これを薩長藩閥政治家の思想だなどと割り切ることは決定的に誤っている。明治初期の政府は、むしろ、シビリアン・コントロールの軍政で始めたが、民権家の側では、政府が軍を統帥するのには反対だった。

『帝室論』の福沢諭吉は、天皇は「政治圏外」の重大使命をはたさねばならないと論じた。しかして福沢のいふ「政治圏外」の任務のなかで、もっとも注目すべきは、政府から国軍を独立させて、天皇が親しく軍を直接に統帥されることであった。

天皇は大元帥たるべしとは、明治の権力担当者(山県有朋)から、政府系開明派(西周、福地源一郎)、穏和民権者(福沢諭吉)、過激民権家(植木枝盛)にいたるまで、すべての系列の日本人が要望したところであったといふ重大な史実は、抹消しがたい。これは正しく一世紀前の日本国民の総意だった。》以上、参考『みやびと覇権』(葦津珍彦)

一世紀後の国民の総意を想定しながら憲法の草案は作られるべきか。
日本のおおきな歴史の歩みのなかで、国柄という筋を通すべきか。

学者ではないから、法よりも「血盟の掟」に生きたいと思っている。
そんな者に、憲法を考える資格は在りや無しやなんて、最近、元も子もない考えに陥っている。
「地久節」 皇后陛下81歳のお誕生日をお祝い奉る。

ときに国母とも称される皇后様。戦前は地久節が「母の日」でもあった。
国民がこぞって皇后様のお誕生をお祝いするとともに、それぞれの家にあっては母を思うのである。

母を思いつつ、それでも人並みのこともせずに過ごしきた不孝をすこしだけ詫びる。

またこの日を特別な思いで迎えるようになって久しい。
その思いは、年を経るごとに軽々に語ることのできない重しともなっている。

いま何をしているか。

思い入れや、理想論ではなく、アリバイ作りでもなく、現実にいま何をしているか…。

それだけなのである。

唾棄すべきものは、薄っぺらな心情吐露である。

☆     ☆     ☆     ☆

『月刊日本』が月に2回、新橋駅駅頭で開催している辻説法に参加させていただく。

國の子演説会は、好きなだけ時間を使って、自分の意見を訴えている。
言ってみればホームの試合だ。

『月刊日本』の辻説法は、アウェイである。
重鎮も、若い編集部員も豊富な知識のなかで、素晴らしい訴えを行っている。

道場破りのつもりで参加しているが、それでも時間を気にしながら、論点を整理しながら訴えをすることはとてもためになり、またよい刺激にもなる。

自己満足を打破してくれる世界は、口惜しいけれど心地よい。

『月刊日本』の辻説法の最後には、参加者みなで「ふるさと」を歌う。

《兎追いしかの山 小鮒釣りしかの川 夢はいまもめぐりて 忘れがたきふるさと

いかにいます父母 つつがなしや友垣 雨に風につけても 思いいずるふるさと

志をはたして いつの日にか帰らん 山はあおきふるさと 水はきよきふるさと》

歌いながら、またすこしだけ母を思った。

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【病院ウイーク】
病気から2年、フォローアップという検査を受けている。

今年から、定期的な診察と薬の処方は近くのかかりつけに診てもらっているが、年に一度の検査は、手術をしてもらった病院へ。

昨年は、入院をしての検査だったが、今年は通い。

心電図や、血液検査、心臓の大きさなどは、まったく問題なし。

来月、心臓に負荷をかけてCTに入ったりする検査を受け、一部不安な箇所を確認して終了。

昨日の『月刊日本』辻説法では、TPP、国民皆保険のことなどにも触れた。

次回の検査も貧乏人には恐ろしい金額になるが、それでも保険が適用されることにより負担は軽減される。それでも…。

貧乏人が医療を受けられないことが常態化しかねない、構造改革という制度設計には異議を唱え続けなければなるまい。

【昭和天皇記念館】
病院の目の前が昭和記念公園である。

今日は検査後に、記念館開館10周年 特別展示「思い出の昭和天皇」を参観する。
 
昼食を取りに入ったレストランでは、いま多くのメディアに原稿を書きまくる、暴力団事情に精通したMさんがいた。

ずっと連載原稿でお世話になっていた方だが、直接面識はなかったので、遠くから見ていた。
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ここの多くの看護師さんたちが、先の鬼怒川氾濫災害に駆けつけている
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昭和天皇記念館
ご一読を!

「明治の日」復活の動き 明治天皇の誕生日11月3日 「文化の日から変更を」 (Click!) 


【明治の日推進協議会 事務局長 相澤宏明】
本推進協議会の主張と反対派の主張らしきものの両論を一応は表記してありますが、朝日的な取り上げ方ですが、関心を集めるうへで有意義かと存じます
『野村秋介獄中日記』ー千葉編ー(抜粋)

【昭和47年9月15日(金曜)敬老の日 雨】
窮極としての私の希いは、三上先生の魂を継受し、三島・森田烈士の悲願を内に秘めて、大悲会を興し、真の民族派としての存在を誇示し、その運動に従って純粋に散華することにあることはいうを待たない。要するに美しく生き、美しく死にたいのである。
来年1月公開の「ヤクザと憲法」ーこれな、わしら人権ないんとちゃう?ー

京橋の試写室で観せていただいた。

しばらく前に、その断片を投稿動画サイトで観ていたが、これは、

暴力団対策法から20年ー「社会」の淵が見えてきた。
ヤクザと人権をめぐる、東海テレビドキュメンタリー劇場第8弾。

となっていた。

二代目東組二代目清勇会と山口組顧問弁護士山之内氏にスポットを当てながら、見えない社会の境界線からこぼれ出るものごとを、良い意味でジャーナリズムの不作法が拾いあげていく。

暴力団を取り上げるメディアには、それを是としないまでも、対象にはある程度の節度(遠慮?)をもって接することが多い。しかしこのクルー、カメラにはそれがない。

組 員「おい、俺を撮るな!」「ここでカメラを回すな!」
カメラ「撮ってませんよ!」

その映像が流れるのである。(撮ってんじゃん!)

組事務所にガサ入れするマル暴に対しても、カメラは同じである。(これは小気味良い!)

ここまで撮らせて良いのかと、こちらがハラハラほどに組員は日常のシノギまでを晒し、山口組顧問弁護士は、法によって裁かれることで弁護士の資格を剥奪される瞬間を切り取られる。

組員と弁護士。

その非対称に釘付けとなった。

なぜなのか。なにをここまでモヤモヤとさせられるのか。

それは最後の頃になって、やっと見えてきた。

それは、言葉とその量の差違であった。

【日本国憲法第14条】
すべての国民は、法の下に平等であって、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、差別されない。

みすからドロップアウトするのは自由、ヤクザになるのも自由だろう。しかし、憲法に保障されるはずの身分や門地によって、ヤクザにならざるを得ないという者が確実に存在するのではないか。

教育の機会は、本当にすべてに平等なのだろうか?

その上に、いまはヤクザであることが、自分のみならず身内にまで制約を科されるのである。

反権力だけで、暴力団に与することは危険だが、それでもいまの権力機構は暴走しすぎていないかと思う。

カメラ「選挙に行きますか?」
オジキ「私には選挙権がありません」「特別永住なだけだ」

そのオジキは、駆け出しの部屋住みの若者と、親子のように大晦日の夜を組事務所で過ごしていた。

無礼な謂だが、彼らの語彙は貧しい。弁護士の十分の一も自らを語ることは出来ないだろう。

その根底にあるものは何なのか?

清勇会川口会長は「(暴力団排除を)そこまでやるなら、選挙権も取り上げればいい」と最後に語った。

修羅場をくぐり抜けた男の言葉は重い…。

試写室を出て、携帯の電源を入れると知り合いのジャーナリストからのメッセージがあった。
山口組を処分された組長が拳銃自殺したらしいというものだった。

銀座の街が明るいぶんだけ、闇がより深く感じられた。 
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銀座から九段まで歩いた(東京駅)
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パレスホテル
このままでは長期的な研究に安心して取り組めない

この中(IPS細胞研究所)の大部分の人が有期雇用や派遣ですから

いまの大学のシステムだと、ここにいる人のほとんどは5年後にはこの場にはいない

研究を支えている人の大部分はおれないようなシステムになっていますから

それじゃあ時間のかかる研究は何も出来ませんので

人材と研究費の2つをどんだけ今後10年20年確保できるかにかかっている

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専門職を雇用するためのシステムと財源

利益という形がすぐ目に見えなければ、簡単に切り捨てられることがある。

それで失ってしまうものの代償がわかりながら…。

経済合理主義者とは、それを十分承知した上で、自分の生きている時間が良ければそれでいい、という刹那しかない。哀れな生き物だ。きっと死んだら何もなくなるっていう感覚なんだろう。