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陽春の候、皆様におかれましては、日々邦家の御為にご尽力のこと敬服いたします。

さて、本年も「憲法を考える青年集会」を開催させていただくはこびとなりました。

現政権の目指す憲法改正は、これまで解釈で解決してきた国防問題を矛盾の上塗りという形で解決しようとしています。

また来年の御代がわりに関わる諸行事は、国の大本に関わるものでありながら、現行憲法に則るかたちでしか、政教の問題をクリアする手立てがありません。

政治状況はもとより、国体に関するさまざまなことがらに対しても現行の憲法は対応の限界に達してしまっていると考えます。
 
現行憲法改正か、自主憲法か、帝国憲法復元改正か…。
 
それぞれの立場から、民族派としての憲法観をご主張いただければと考えます。
 
皆様にはなにかとご繁忙の時とは存じますが、神州男児の気概を示すべく、下記の通りご参集いただき、また、演説会へのご登壇をいただければ幸いに存じます。
    
平成三十年四月吉日
     
     憲法を考える青年集会 実行委員会   代表 横山孝平


【第1部・デモ行進】
【日 時】5 月3 日(木) 12 時30 分 集会開始
             13 時~   デモ行進

【集合場所】新宿区花園西公園(新宿区新宿1丁目32)
    (最寄り駅)丸ノ内線・新宿御苑前駅、新宿三丁目駅※駐車施設がございませんので、公共交通機関をご利用下さい。)
【解散地点】代々木2丁目あおい公園(渋谷区代々木2丁目13-3)

【第2部・演説会】
デモ行進解散後、新宿駅西口に場所を移し開催いたします。
         
      主催・憲法を考える青年集会実行委員会
                     実行委員 志村 馨
                          小沢直人
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特集「明治維新150周年」に

「悲願の継承者として」ー死にかわり生きかわりつつもろともにー

というタイトルで、歌人・佐久良東雄のことを書かせて頂きました。
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東京都が行った「迷惑防止条例」の改正の問題点、危険性についてのコメントを掲載戴きました。

条例についてのリンクを貼っておきます (Click!) 

暴排条例のように、東京をはじめとして多くの自治体がこれに追従することを危惧しています。
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年を取ってしまうと、様々なものごとの出入りのバランスの崩れは、それをとりもどすために多くの時間を費やさなければならなくなる。

お金の収支は、はるか昔から破綻しているのでもうどうしようもないが、せっかく維持し続けてきた体重管理が崩れはじめている。「バイクに乗り出して、まったく歩かなくなった」と言い訳し、ウォーキングを再開しようにも「先般の勤労奉仕以来、膝が痛くてままならない…」と言い訳している。

歩ける分だけ、歩けばいい話なのだが…。

書くことも、自分の努力と知識量のバランス以上のものは表現できない。取り入れたものが枯渇すると、どうでもいいことばかりを書き連ねて、経験だけでお茶をにごしてしまうことになる。

最近、Netflixにはまってしまっている。タブレットで映画を見続けていると、いつしか老眼が進んでしまっていた。悪循環は、本を読むことに支障をきたすまでになった。自分の手の長さでは、本と目の距離を調整出来なくなった。本を読まねば、またなにかが枯渇していく。

そんな負のスパイラルに陥りかけているとき『燃えよ祖国』に、続けて書く機会をいただいた。『大悲ジャーナル』からかぞえれば、25年の読者である。

「右翼ノート・今なにが起きているか」とたいそうなタイトルをつけてしまったが、全うしたいと思う。第一回は天皇陛下沖縄行幸、御奉迎の記(上)。

ご褒美に、ちょっと良い老眼鏡を買おう! タブレットを置いて本屋に行こう!
といいつつ、電子書籍をポチっているマヌケな私…。

そうそう、先日の226殉国烈士慰霊祭で奉読した「誓願」も掲載していただいている。
本になって、改めて読んでみるとなかなかの出来である、と自画自賛な私…。

是非、ご一読を!
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民族革新会議の皆さんと
真夏を思わせる天気だった。

4月22日、上野公園で斎行された西郷南洲銅像清洗式(主催・一般社団法人西郷南洲会)に参列させていただいた。

本年は王政復古の大号令が渙発されて150年という節目の年。NHKの大河ドラマでは南洲翁を主役として物語が展開されている。多くの人々に、南洲翁をつうじて明治維新の意義とは何であったのか、また翁の御事績について知る機会になればと思う。

私は父方が鹿児島の神職の家で、南洲神社の階段を下りたところにる春日神社に奉職をしてきた。また母が水戸ということもあり、この運動に入ってからは特に、桜田門外の変をめぐる、薩摩と水戸の関係と、またもし薩水同盟というものがあり得た場合、薩摩の南洲翁と水戸の藤田東湖先生が指導する、尊攘維新とはどのようなものになっていただろうかということを、現代の運動に置き換えて考えている。

維新後、水戸の志士で官位に就いた人はいない。これは逆に南洲翁の遺訓にある「命も要らず、名も要らぬ、官位も要らぬ」という言葉を実践する、水戸っぽの真骨頂である。

右翼もまた、こうあるべきだ。

南洲翁も官位を捨てて下野し、第二維新というべき西南の役において、翁は賊として命の最期を迎えた。

226事件において処刑された青年将校もまた、賊として最期だった。

昭和11年7月12日、将校らが処刑ことを侍従武官からお聞きになった昭和天皇は、終日御所の奥でお慎みになられたと昭和天皇実録にある。

その年の盂蘭盆の時、陛下は御所に盆提灯を掲げて、皇后陛下とご覧になられたともある。

その盆提灯の数は、処刑された青年将校の数と同じであったともいう。

天皇の軍隊のその軍紀に刃向かったとされる226事件の歴史である。けれども先帝陛下は将校らの蹶起の本質についてすべてを御理解下さっていたのではないだろうか。

同様に、南洲翁にもまた、明治天皇は銅像の建立にあたって、莫大なお金を下賜され、その汚名を雪がれている。

天の大御心は、すべての本質をおわかりくださっている。

そう考えれば、私たちはあらためて、みずからの思想運動のありかたが、大御心に添いうる、ご理解いただけるものであるか、否か、ということを南洲翁の御前で、強く思った。